近年、日本では乳がんに罹患する女性が急増していて、年間約9万人が新たに乳がんと診断されています。高齢化をはじめ、食生活の変化、運動不足、晩婚化や少子化といったライフスタイルの変化など、さまざまな要因が指摘されています。
ただ、乳がんの治療効果は飛躍的に向上していて、ステージ1であれば、5年生存率は99%を超えます。早期発見、早期治療によって完治が期待できる病気といえます。
しかし、そんな乳がんが、最悪の場合、命に関わる心臓病のリスクをアップさせると報告されています。イタリア・トリノ大学の研究で、乳がんと診断された女性のその後の心筋梗塞リスクを分析したところ、20%のリスク増加が示唆されたのです。
イタリア・ピエモンテ州の400万人以上の住民を対象とした大規模な行政コホート研究で、30〜75歳の女性約134万人を対象に調査を実施したところ、1万9203人が乳がんと診断され、そのうち206人がその後に心筋梗塞を発症しました。乳がんと診断された女性は、そうでない女性に比べて心筋梗塞リスクが1.20倍に上昇していたのです。報告では、その原因として、共通のリスク因子、遺伝的要因、治療による副作用などが挙げられています。
実際、乳がんと心筋梗塞をはじめとした動脈硬化性疾患は、いくつもリスク因子が共通しています。たとえば、「肥満」が挙げられます。
肥満は心臓にとって大敵で、過剰な脂肪蓄積は炎症性サイトカインを活性化させ、高血糖、高コレステロール、高血圧のリスクを高め、動脈硬化を促進して、心臓や血管の病気を発症しやすくすることがわかっています。また、肥満が進むと白色脂肪細胞が増えてアディポネクチンという生理活性物質の分泌が低下し、その結果、高血糖、高コレステロール、高血圧になりやすくなり、心臓病につながります。ほかにも、肥満によって過剰に分泌されるいくつかの生理活性物質により、血栓ができやすくなったり、血圧が上昇して心臓病のリスクがアップするといわれています。
一方で、肥満はとりわけ閉経後の乳がんリスクを高める重大な要因とされています。閉経後に脂肪組織が増加すると、「エストロゲン」という女性ホルモンが過剰に産生されて血中濃度が上昇し、エストロゲンを栄養源にして増殖するタイプの乳がんのリスクをアップさせるのです。
生活習慣では「運動不足」が共通のリスク因子になります。身体活動の低下は先ほど触れた肥満の原因になりますし、運動不足によって血流量が減ると、血管のもっとも内側にある血管内皮細胞へのずり応力という物理的刺激が低下します。これにより、血管を柔らかくする作用がある一酸化窒素の分泌量が減少し、動脈硬化を促進させるのです。動脈硬化が進むと、狭心症、心筋梗塞、大動脈解離、大動脈弁狭窄症といった心臓病につながります。
運動不足は乳がんのリスクもアップさせることが知られています。身体活動の低下はインスリンが効きにくくなるインスリン抵抗性や慢性炎症を引き起こし、がん細胞が増殖しやすい環境につながります。さらに、運動不足は免疫機能も低下させ、がん細胞を攻撃するリンパ球のNK細胞の働きが低下してしまうのです。実際、閉経後の女性約7万人を対象にした調査では、運動を毎日1時間以上行った女性は、乳がんリスクが25%減少したと報告されています。
不健康な「食生活」も、心筋梗塞と乳がんの両方でリスクをアップさせます。とりわけ、食事の欧米化によって肉類、乳製品、揚げ物といった動物性脂肪の摂取に偏った高コレステロール=高脂質の食事が問題です。
コレステロールは体を正常に保つ働きがある重要な脂質ですが、悪玉といわれるLDLコレステロールが増えすぎると、冠動脈の壁に蓄積して動脈硬化の原因になり、心筋梗塞や狭心症などの心臓病を招く大きな要因になります。
乳がんでは、高コレステロール血症が一部の乳がんの増殖を促す可能性があると指摘されています。また、体内の過剰なコレステロールは、代謝産物の27HCに変換され、27HCはエストロゲンと似たような働きをするために乳がん細胞の増殖や転移を促進すると考えられているのです。
■共通する遺伝子変異も
乳がんが心筋梗塞リスクを上昇させる理由には、遺伝的な要因も関係しています。乳がんの5〜10%は遺伝性で、BRCA1とBRCA2という遺伝子の生まれつきの変異が原因です。
BRCA1に変異がある場合、生涯で乳がんを発症するリスクは約60〜80%、BRCA2に変異がある場合は同じく約50〜70%といわれます。
BRCA1とBRCA2には、DNAの損傷を修復する役割がありますが、それらに変異があると修復機能が低下し、乳がんリスクが高くなるのです。
これらの遺伝子、とりわけBRCA1の変異は、乳がんだけでなく心筋梗塞のリスクにも大きく関係していることがわかっています。BRCA1には心臓の筋肉=心筋の細胞死を防ぐ働きがあり、変異によって欠損があると、心筋梗塞の発症リスクをはじめ、心筋梗塞を起こした際のダメージが重篤になり、心機能の低下や死亡率をアップさせる可能性が報告されているのです。
引用元:
乳がんの患者は心筋梗塞のリスクがアップするのはなぜか(日刊ゲンダイ)