米スタートアップPaterna Biosciencesは、精子幹細胞を成熟した精子へと導く条件を特定し、その精子を用いて胚の作製に成功したと主張している。男性不妊の新たな治療法につながる可能性がある。
Photo Illustration of a petri dish with a sperm shall in the center
Photo-Illustration; Jobanny Cabrera: Getty Images
米国ユタ州に拠点を置くスタートアップのPaterna Biosciencesは実験室で、機能するヒトの精子をつくり、それを用いて健康に見える胚の作製に成功したことを発表した。この技術は将来的に、特定の不妊症を抱える男性が自らの遺伝子を受け継ぐ子どもをもつ助けとなる可能性がある。

この成果は、査読付き学術誌にはまだ掲載されておらず、第三者による検証も受けていない。『WIRED』が今回の研究について最初に報じた。

「インスピレーション」と「知的好奇心」を促すWIREDのサブスクリプションサービス。詳しくはこちら
「インスピレーション」と「知的好奇心」を促すWIREDのサブスクリプションサービス。詳しくはこちら

精子幹細胞から精子形成
この手法では、精巣組織から精子をつくる幹細胞を採取し、その細胞を培養皿のなかで完全な精子へと成長するよう誘導する。体外で精子をつくる試みは「体外(in vitro)精子形成」として知られ、およそ1世紀に及び研究が続けられてきた。2011年には日本の研究チームが実験室で機能するマウスの精子を初めて作製することに成功したが、ヒトの精子をつくることはそれよりも難しいことが明らかになっている。


フランスのバイオテクノロジー企業Kallistemも、2015年に体外での精子形成に成功したと主張している。しかし、外部の研究者の一部は、その精子が完全に成熟しているかどうかに疑問を呈していた。また同社は、その精子に卵子を受精させる能力があるかどうかを証明していない。

体内で精子幹細胞が成熟した精子になるまでには2カ月以上を要し、その過程でいくつかの段階を辿る。まず、精巣の複雑に巻きついた細管のなかで幹細胞がつくられた後、減数分裂を経て23本の染色体をもつ細胞ができる。この段階で、泳ぐために必要な尾部と頭部の構造も形成される。その後、精子は精巣の別の部位へ移動し、泳ぐ能力を獲得する。最後に精管と呼ばれる管を通って運ばれ精液中に放出される。

「各段階には、それぞれ非常に厳密な制御機構があります」と、Paterna Biosciencesの最高経営責任者(CEO)兼共同創業者であり、認定泌尿器科医でユタ大学医学部の外科准教授でもあるアレクサンダー・パストゥシャクは話す。「わたしたちは、これらの幹細胞が正常で成熟した精子になるよう導く条件を解明しました」

Paterna Biosciencesは当初、精子が成熟する精巣の細管を実験室で培養し、そこから精子を得る方法を検討していた。しかし、それは最適な手法ではないと判断し、最終的に精子幹細胞のみを培養皿で育て、それらを精子へと成長するよう誘導する方法を特定するに至った。

研究チームは、精子形成の各段階で重要となる分子シグナルを予測するために計算生物学を用いている。そして各段階を誘導する分子のさまざまな組み合わせを試し、最適な組み合わせに辿り着いた。

「これは非常に大きな成果です」と、ベイラー医科大学の泌尿器科学教授ラリー・リプシュルツは話す。リプシュルツはPaterna Biosciencesの研究には関与していない。「これまで、幹細胞を成熟した精子にするために与えるべき成長因子がわかっておらず、解明もされていませんでした。どうやら今回、それらの物質が特定されたようです」

精子がない男性への新たな選択肢
実験室で精子を作成できるようにすることは、不妊治療の分野において長年の目標だった。不妊症の約半数は男性側の要因に関連している。たとえば、精子数の不足や形態異常、泳ぐ力の弱さなどだ。また、不妊の男性の約10〜15%は精液中に精子がまったく存在せず、自分の遺伝子を受け継ぐ子どもをもうける選択肢はほとんどない。Paternaが当初支援したいと考えているのは、こうした人たちである。こうした不妊の男性は精子をつくれないが、精子のもととなる幹細胞自体はもっているようだ、とパストゥシャクは語る。


Most Popular
嵐の日に森は“光って”いた! コロナ放電の観測に自然界で初めて成功
Science
嵐の日に森は“光って”いた! コロナ放電の観測に自然界で初めて成功
By Ritsuko Kawai
航空券が高い夏、それでも旅費を抑える7つの方法
Gear
航空券が高い夏、それでも旅費を抑える7つの方法
By AARIAN MARSHALL
あの人はなぜ4時間の睡眠で足りるのか──ショートスリーパーの謎を探る
Science
あの人はなぜ4時間の睡眠で足りるのか──ショートスリーパーの謎を探る
By SHAYLA LOVE

Paterna Biosciencesをはじめと多くの研究は、問題は幹細胞そのものではなく、支持細胞を含む周囲の微小環境に何らかの不具合があることを示している。したがって、実験室で健全な環境を再現することで、健康な精子を生み出せるとパストゥシャクは考えているのだ。

目標は標準的な組織生検から数千の精子を作製できるようになることだと、パストゥシャクは話す。同社はこれまでに、数十の組織サンプルから精子を作製するうえで高い成功率を示している。

初期の検証では、実験室でつくられた精子は自然にできる精子と「ほぼ同一」に見えるとパストゥシャクは話す。ただし、この手法はまだ妊娠に用いる段階には至っていない。Paterna Biosciencesは、自社の精子が実際に機能するかを確かめる初期試験として胚を作成した。

Paterna Biosciencesは今後、不妊の男性を対象としたより大規模で包括的な研究の実施を計画している。同社は、精液または精巣組織から採取した精子と、自社の手法で生み出した精子の両方を用意する。そしてそれぞれの精子を体外で卵子を受精させ、それぞれの受精率を比較し、得られた胚に身体的および遺伝的な異常がないかを分析する予定だ。

「研究により、この手法の有効性と安全性について多くのことが明らかになります。体外で精子を生み出す過程で変異が生じるかどうかもわかります」とパストゥシャクは話す。その後、実験室で作製した精子を用いた妊娠の試験は、早ければ来年にも開始される可能性がある。

従来の治療の限界
特定の薬剤や人工授精、従来の体外受精(IVF)などは、精子の量や質が低い男性の助けになる。しかし、精子をまったくつくれない男性にとって治療の選択肢は限られていた。

「男性不妊のなかでも、精子がまったくないケースは臨床医にとって特に難しいものです」と、カナダのバンクーバー前立腺センターで精子採取を専門とする外科医ライアン・フラニガンは話す。フラニガンはPaterna Biosciencesの研究に関与していない。「こうした状況が、人々やカップルに与える精神的な負担や影響は非常に大きいものです」

こうした不妊男性の選択肢として、精巣組織から精子を探す外科的手術がある。この手術は全身麻酔を必要とし、精子が見つかるまで最長で4時間ほどかかる。また、精子が見つからないケースも相当数ある。

Paterna Biosciencesの技術は、この手術に代わる方法となる。医師の診察室で精巣組織の小さな生検を採取するだけで済み、採取された組織はPaterna Biosciencesに送られ、体外精子形成が実施される。この手法の費用は5,000ドル(約79万円)から12,000ドル(約191万円)程度になる見込みだ。

フラニガンによると、精子幹細胞は出生時から存在することから、思春期前にがん治療として化学療法を受ける男児にもPaterna Biosciencesの技術が応用できる可能性があるという。若いがん患者には精巣組織を凍結保存する選択肢があるが、それを体内に戻す移植は依然として実験段階にあり、出産例は報告されていない。

普及に向けた課題
実験室で精子を生み出すほかの取り組みでは、多能性幹細胞に焦点を当てたものがある。多能性幹細胞は皮膚や血液の細胞を胚に近い状態へと再プログラムしたものだ。こうした幹細胞は、適切な条件を揃えることで体内のあらゆる細胞へと変化させることができる。


Most Popular
嵐の日に森は“光って”いた! コロナ放電の観測に自然界で初めて成功
Science
嵐の日に森は“光って”いた! コロナ放電の観測に自然界で初めて成功
By Ritsuko Kawai
航空券が高い夏、それでも旅費を抑える7つの方法
Gear
航空券が高い夏、それでも旅費を抑える7つの方法
By AARIAN MARSHALL
あの人はなぜ4時間の睡眠で足りるのか──ショートスリーパーの謎を探る
Science
あの人はなぜ4時間の睡眠で足りるのか──ショートスリーパーの謎を探る
By SHAYLA LOVE

科学者たちはマウスの多能性幹細胞から機能する精子や卵子を生み出し、健康な子どもを誕生させることに成功している。この技術は「体外配偶子形成」と呼ばれ、皮膚サンプルから卵子や精子を生み出せる可能性があることから、同性カップルが自らの遺伝子を受け継ぐ子どもをもつ手段として応用できる可能性がある。

バプティスト・ヘルス・マイアミがん研究所で男性の性機能医療部門を率いる泌尿器科医ジャスティン・デュビンは、Paterna Biosciencesの成果は注目に値するものとしつつも、米国や不妊治療が非常に高額な地域では、費用が多くの患者にとって大きな障壁になると話す。

「不妊治療の分野ではすばらしい治療の選択肢が次々に登場していますが、その多くが保険の対象外です」とデュビンは指摘する。「人々が望む家族を築くための手段を提供しないことは、患者にとっても、世界全体にとっても大きな損失です」

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による幹細胞の関連記事はこちら。

引用元:
ヒト精子の体外形成と胚作製に成功と主張──米スタートアップPaterna Biosciences(WIRED.jp)