「日本だけ、あまりに突出して普通ではない状況に当惑している」

 2025年11月7日に開催された「HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンに関する記者会見で、米メルクの日本法人であるMSDの代表取締役会長である白沢博満グローバル研究開発本部長はこう口にした。

【関連画像】米メルクの日本法人であるMSDの代表取締役会長、白沢博満グローバル研究開発本部長 写真=MSD提供

 HPVワクチンは、子宮頸がんの予防に効果があるとして日本では09年に初めて承認され、13年4月に公費助成の対象となる定期接種ワクチンとなった。ところが接種後の副反応の報告が相次いだために13年6月に政府による積極的勧奨の差し控えが決まり、70%を超えていた定期接種対象者の接種率は1%以下にまで低下。その後、22年4月に積極的勧奨は再開されたが、接種率は20%から30%程度にとどまり、欧米先進国に比べて接種率の低さが目立つ。カナダやオーストラリアのように、接種率が80%を超える国もある。

 加えて、海外では男性に対しても公費助成によるHPVワクチンの接種が広がっているのに対して、日本は立ち遅れた状態だ。「男性に対するHPVワクチンの公費負担による接種は100カ国以上で行われている。G7サミット(主要国首脳会議)の参加国では、日本だけ例外的な状況が10年以上続いている」と、白沢会長は説明する。

 子宮頸がんを予防するワクチンを、なぜ男性に接種するのかと思うかもしれない。そもそもHPVというウイルスは子宮頸がんだけでなく、尖圭コンジローマという性病や、肛門がん、中咽頭がんと呼ばれる一種の頭頸部がんなどにも関係することが報告されている。20年12月には日本でも、HPVワクチンの適応症に肛門がんの予防と男性の尖圭コンジローマの予防が追加されている。

 つまり男性でも、肛門がんや尖圭コンジローマを予防するためにHPVワクチンの接種を受けることは可能だ。だが、感染後に接種しても治療効果はないため、性交渉を経験する前の接種が好ましいことや、適切な効果を得るには2回または3回の接種が必要とされ、価格は合計で5万円から10万円程度になることを考えれば、公費助成をはじめ制度的な後押しがなければ普及はおぼつかないだろう。

現在日本でHPVワクチンの定期接種の対象は、小学6年生から高校1年生に相当する女性だけだ(積極的勧奨差し控えに伴う経過措置として、より高年齢者にも公費助成が行われてはいる)。だが、HPVは性交渉によって感染する。23年に「ランセット・グローバル・ヘルス」という科学誌に発表された論文によると、15歳以上の男性の約3人に1人がHPVに感染しており、5人に1人が発がんにつながるハイリスク型のタイプのHPVに感染しているという。男性がウイルスに無防備な状態で女性だけにワクチンを接種する場合、接種率を相当高めなければHPV感染者は減らせない。

●罹患率、日本で上昇

 国立がん研究センターのがん統計によると、子宮頸がんには21年に1万690人が新たに罹患(りかん)し、23年に2949人が死亡した。人口10万人に対する罹患率の推移を見ると、日本は00年以降、増加傾向を続けている。米国やカナダ、オーストラリアなどワクチンの接種率が比較的高い国で、子宮頸がんの罹患率が低下傾向にあるのとは対照的だ。

 日本でも男性へのHPVワクチンの定期接種化が検討されてはきた。だが、24年3月の厚生労働省の厚生科学審議会の下に設置された小委員会の議論では、男性へのHPVワクチン接種の有効性、安全性は一定程度確認したものの、費用対効果には課題があるとされた。男性接種によって女性のHPV感染が減少するという「波及効果」を勘案すれば一定の費用対効果が得られるというデータも示されたが、結論は先送りされた状態が続く。

 この間、MSDはより多くのタイプのHPVに効果を示す新しいタイプのHPVワクチン「シルガード9」の承認を取得し、25年8月にはこのワクチンも男性への接種に使えるようになった。だが、男性への定期接種の議論は進まない。25年10月には、日本小児科学会や日本産科婦人科学会など、27の学術団体が参加する予防接種推進専門協議会が厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部長に宛てて、「HPVワクチンの男性に対する定期接種化に関する要望」を提出するなど、専門家の間からも男性への接種を求める声が出ている。

 世界保健機関(WHO)は20年、子宮頸がんの撲滅に向けて、30年までに15歳までの女性のHPVワクチン接種率を90%にすることを目標に掲げた。女性のワクチン接種率が低い日本では、子宮頸がん撲滅を目指す上で、男性にワクチンを接種する意義はむしろ大きいといえる。ところが、性別を問わないHPVワクチンの接種が世界的に広がりつつあるのに、それに背を向けた状態を続けていていいのだろうか。将来的にHPVウイルス関連のがんを克服できていないのは日本だけという事態を招く可能性がある。

引用元:
子宮頸がん罹患率上昇の日本 MSD白沢会長「男性接種でも世界に遅れ」(日経ビジネス)