ノーベル生理学・医学賞受賞が決まった坂口志文・大阪大特任教授(74)が専門とする免疫学は、感染症の治療法からワクチン開発、がん治療と幅広い分野に関わり、世界が注目する分野だ。その免疫学で大阪大は「世界の拠点の一つ」として存在感を示す。背景には江戸時代の「適塾」から続く長い歴史がある。
阪大の免疫学研究の歴史は、江戸末期の医師・緒方洪庵にさかのぼる。洪庵は蘭学塾「適塾」と、種痘で天然痘を予防する「除痘館」を当時の大坂に開いた。種痘は免疫力を高めるワクチンの一種で、国内での免疫学研究の第一歩となった。
洪庵の死から6年後の1869年、次男が塾生らと阪大医学部の前身となる「大阪仮病院」を開設。1905年には大阪府内で猛威を振るっていた肺結核の研究拠点として、内科の一角に国内初の肺結核専門講座が誕生した。
62年には、後に日本の免疫研究の礎を築く山村雄一・元学長が教授に就任。結核は菌が肺の組織を食べ、空洞を作ることで症状を引き起こすと考えられていたが、山村さんは熱で殺した菌でも空洞ができることを動物実験で確認し、免疫反応が関与していることを突き止めた。山村さんは、学内外から多数の優秀な若手を教授に抜てきして研究を本格化させた。
関節リウマチの発症にかかわる免疫物質「インターロイキン(IL)6」を発見し、画期的な治療薬の開発につなげた岸本忠三・元学長も、山村さんの門下生の一人。岸本さんは坂口さんの研究を高く評価し、阪大免疫学フロンティア研究センターの設置を機に、京大から招請していた。
阪大から初
坂口志文さんのノーベル生理学・医学賞受賞が決まり、阪大の現職教員から初めてノーベル賞受賞者が誕生する。
坂口さんは京大医学部を卒業。母校で再生医科学研究所(現・医生物学研究所)の所長を務めた。2007年、文部科学省が開始した「世界トップレベル研究拠点プログラム」に阪大の免疫学フロンティア研究センターが採択され、坂口さんは「人の治療にどれだけ貢献できるかが重要だ」と阪大へ移ることを決断。11年に阪大教授となった。
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引用元:
阪大から初のノーベル賞、免疫学は緒方洪庵以来の伝統(Yahoo!ニュース)