国立がん研究センター東病院 私のがん診療録
日本人の2人に1人ががんを経験するといわれています。がん患者と向き合う医療者は、日常の診療の中で何を思い、感じているのでしょうか。国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の医師らが語ります。今回は、子宮や卵巣などの婦人科がんを治療する婦人科長の田部宏さんです。
医師の使命とは
田部宏さん
「目の前の患者さんへ医療を提供し、病を治すこと」
これを当たり前の使命として、医師を目指し、医師になったのだと、今でも思います。
しかし、頑張って勉強しても、必死に医療技術を習得しても、目の前の患者さんを救えない。そんなつらい状況に、多くの医師は直面します。なぜ救うことができなかったのだろう、自分が提供した医療は適切だったのだろうか、医師は常に自分を責め悩みます。
ただし、時間は、待ってくれません。次から次へと患者さんは目の前に現れます。
その結果、「将来のために、今より良い医療を作り上げなければならない」といった熱い気持ちが湧き上がってきます。これも医師としての大事な使命だと、どこかで私は確信し、いま一生懸命に仕事をしています。
私は、産婦人科医として、生命の誕生にも、笑顔で多く立ち会ってきましたが、子宮頸(けい)がん、子宮体がん、卵巣がんなどの婦人科がんの専門医として、生命の最期にも、涙をもって多く立ち会ってきました。ひとりでは難しいですが、施設が、日本が、世界がチーム一丸となると、少しずつではありますが、より良い医療が作れることを実感できるようになってきました。
1年の仕事に用いるパワーを100%とすると、目の前の患者さんへ最高の医療を提供することが50%、将来へ向けてより良い医療を作っていくパワーが50%でしょうか。そんな感じで日々、喜怒哀楽を感じながら、医師という職業に使命感をもって、私は仕事をしています。
日常生活に戻れているかを気にする
より良い医療を作るための婦人科がんの研究について、話を聞きました。(聞き手・道丸摩耶)
――将来へ向けてより良い医療を作っていくというのは、どういうことでしょうか。
どの病院も、目の前の患者さんにその時点でベストな治療(標準治療)を提供するのが使命です。しかし、当院のような施設では、将来へ向けて標準治療よりさらに良い治療を作っていくことも求められています。そのためには臨床試験が必要となります。分かりやすい例でいえば、新たな薬や手術が本当に安全なのか、本当に効果があるのかを調べることが挙げられます。
――ご自身でも研究をなさっているのですか?
10年ほど前に、「しっかりと手術ができた初期の卵巣がん患者に抗がん剤が必要なのかどうか」を調べる臨床研究を立ち上げました。卵巣がんを切除した後、患者さんの多くは再発予防のため抗がん剤を使います。しかし、手足のしびれなどの副作用に長期的に悩まされる方も多いのです。私は若い頃から、術後の患者さん全員に抗がん剤をやる必要があるのか、必要な症例に絞って行う必要があるんじゃないかと疑問を持ってきました。そこで、日本全国、海外の先生にも協力してもらいながら、研究をスタートさせました。結果が出るには10年以上の長い時間がかかりますが、生涯をかけて取り組む研究にしたいと思っています。
――臨床で患者さんを診ているからこそテーマが見つかったのですね。
手術が終わっても、外来で経過観察をしています。私たちは、患者さんが日常生活に戻れているか、自分たちが提供した医療で副作用や合併症などの問題が出ていないか、常に気にしながらお話を聞いています。そうやって、患者さんを診る中からやるべきテーマを考えます。
――研究の積み重ねによって、治療も変わってきましたか?
私は医者になって30年になりますが、30年前は「標準治療」や「ガイドライン」はありませんでした。その後、何がベストな治療(標準治療)なのか、疾患ごとにガイドラインが作成されました。さらには何が問題点で改善しなければならないのかを皆で話し合い、どういう臨床研究をしなければいけないかを考え、おのおのが研究リーダーになって、世界中でひとつずつ治療法が進歩してきました。
患者さんにとっては、「新薬ができた」というのが分かりやすい「変化」になるのかもしれませんが、「必要のない治療、過剰な医療をなくしていく」のも大事な「変化」です。営利を求めなければならない企業は医療の削減を考えてはくれません。だからこそ、私たち医療者がやらなければいけない仕事のひとつと考えています。医療費を抑えることにもつながります。そうやって、一歩一歩、標準治療を良くしていくのが目標です。
予防法も進化した子宮頸がん
――患者さんの予後も良くなっていますか?
良くなっています。予後だけでなく、予防という面でも進化しています。分かりやすい例が子宮頸がんです。国が検診を促し、企業がワクチンを作り、それをどの時期にどう打つか、検診は何年おきに受けるべきか、なるべく高い効果が得られる予防法が成り立っています。子宮頸がんの患者さんは、この先どんどん減っていくでしょう。
残念ながら、子宮体がんと卵巣がんの患者さんは増えています。子宮体がんは、早期であれば、ロボット手術や 腹腔ふくくう 鏡手術といった、より体に負担が少ない手術ができるようになりました。また、遺伝子の原因で生まれつき卵巣がんになりやすい一部の患者さんには、予防的に卵巣、卵管を切除する治療ができるようにもなりました。手術機器や手術の手技も改善し、以前は2〜3年で多くが亡くなられていた進行卵巣がんも、今では5年以上生存できる方が多くなっています。
――子宮体がんと卵巣がんはなぜ増えているのでしょうか。予防法はありますか?
増えている要因はわかっていません。残念ながら、子宮体がんと卵巣がんは早期発見、早期治療につながる検診方法が確立されていません。やるべき研究はまだまだいっぱいあります。
引用元:
卵巣がん手術後の抗がん剤治療「全員にやる必要があるか?」過剰な医療で患者を苦しめないための研究が進む(Yahoo!JAPANニュース)