幼少期のがん治療で生殖機能を失ったとみられる男性が、精巣組織から採取・凍結保存された精子幹細胞の移植を受けた。2023年に実施されたこの処置はヒトへの移植として世界初の実験的なもので、現在は経過を観察中だ。
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顕微鏡下での精子の観察図。Photograph: LYagovy/ Getty Images
活発なサッカー少年だったジャイウェン・シュウは、11歳のときに左膝に痛みを感じ、やむを得ず試合を欠場することが増えた。両親はスポーツのしすぎによるものと思っていたが、痛みの原因は骨のがんの一種である骨肉腫であることがわかった。

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ただちに化学療法が開始されたが、医師からは治療によって生殖機能を失う可能性があると告げられた。思春期前のシュウに精子を保存しておくという選択肢はなかった。両親の勧めにより、彼は若年患者の精巣から未成熟な組織と、その中にある精子を形成する幹細胞を採取して保存し、将来的に実子をもうける道を残すことを目指す研究プロジェクトに参加した。

26歳になったシュウは、2011年に自身の組織サンプルから採取された細胞を移植する実験的処置を受け、精子をつくる力が回復するかどうかを担当医らとともに見守っている。研究チームによると、この手法はマウスやサルを使った実験では成功しているが、ヒトへの移植としては23年11月に行われたシュウの事例が初めてだという。実際の手法は未査読の最新論文に詳述されている。

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「11歳の子どもだったわたしが、がん診断の深刻さを本当に理解できていたとは思えません。また、将来家族をもつことの重みも、当時のわたしには理解できていなかったと思います」と、シュウは語る。

幹細胞による機能回復への期待
がん治療の初期段階で、シュウは家族とともにメリーランド州の自宅からペンシルベニア州にあるピッツバーグ大学医療センター(UPMC)小児病院に通い、そこで希少な精子幹細胞を含む精巣の組織片を採取する処置を受けた。この幹細胞は未成熟の精巣にも存在する。患者が思春期を迎えると、体内のテストステロン値が上昇し、精子の形成を促す信号が幹細胞に送られる。「精子形成」と呼ばれる働きだ。


23年11月、24歳になったシュウの体内に精子幹細胞が戻された。麻酔処理後、注射針を使って片方の精巣に幹細胞が注入された。スパゲティほどの太さの精巣管に細胞を定着させ、成熟した精子に育てることが狙いだ。

「うまくいけば、この幹細胞が精子形成機能を回復させてくれるはずです」と、ピッツバーグ大学医学部の産科、婦人科、生殖科学科教授で、今回の最新研究論文の主執筆者のひとりであるカイル・オーウィグは言う。ただし、精子がつくられるようになっても、射精が可能な量に達することはないかもしれないという。「自然な生殖能力を取り戻せる量の精子が生成される可能性は極めて低いでしょう」とオーウィグは言う。

動物実験では、精巣から大きめの組織片を採取することで、生成される幹細胞や精子の量を増やせる。しかし、がん治療中の小児については、身体の損傷と回復に要する時間を最小限に抑えることを重視するため、少量の組織片を採取することになる。結果的に、得られる幹細胞の数も比較的少なくなってしまうという。

こうした理由から、シュウが子どもをもうけたいと望む場合、追加的な生殖補助医療技術(ART)が必要になる可能性が高い。彼はまだ家族をもつつもりはないが、「有効性を見極める時間の余裕を得るため」に、20代半ばのいまの時点でART治療を受けることにしたという。

将来的に、シュウは精巣を切開し、そこにあるはずの精子を採取する外科処置を受けることになるだろう。採取した精子は卵子との体外受精に使われる。シュウが子どもをもつ気になるまで、ART治療の成否は研究者にもわからない。


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「初の事例となる今回の移植手術でわたしたちが示したかったのは、この手法が安全かつ実行可能なものであるという事実です」とオーウィグは言う。超音波検査の結果、シュウの精巣組織に今回の処置による損傷は見られず、ホルモン値も正常域内であることが確認された。ただし、現時点では精液中の精子の数が不足していることに変わりはないという。

近日中にさらに多くの移植手術が行われるかもしれない。11年以降、オーウィグの研究チームは小児患者から採取した精巣組織の保存を続けているが、一部の患者が生殖年齢に達しつつあるのだ。オーウィグのチームは、学内の治験審査委員会の承認を受け、臨床試験の一環として幹細胞および精巣組織の移植手術を行うことを許可されている。

組織移植をする方法
もうひとつのアプローチとして、未成熟段階の精巣組織をそのまま移植する手法についても研究が進んでいる。これは、保存されていた組織片を陰嚢の皮膚に埋め込む手法だ。組織の成熟に伴い、最終的に精子を生成できる状態を目指すという。オーウィグの研究チームは、この手法でサルの精巣の組織を陰嚢の皮膚下に移植する実験を行なった。移植された組織は8〜12カ月後に再び取り出され、そこから精子が採取された。この精子を使って卵子に受精させた胚を、代理母となる雌のマカクザルの子宮に移したところ、生児出産に成功したという。

この方法は皮膚の組織を薄く切り取るだけで済むので、精巣の切開が必要な幹細胞移植に比べ、身体への負担が少ない。

精巣組織の採取を開始した当初、オーウィグは組織から幹細胞を取り出して冷凍する手法を用いることで、採取可能な幹細胞の数を増やせると考えていた。実際、シュウを含む最初の患者数人にはこの方法が用いられた。しかしその後、組織全体を凍結保存し、解凍後に細胞を抽出することで同数あるいはそれ以上の幹細胞を採取できることがわかった。それはすなわち、シュウには幹細胞移植以外の手段が残されていないことを意味する。彼の場合、凍結保存されているのは幹細胞だけだからだ。組織全体が凍結保存されているほかの患者には、幹細胞移植と組織移植のふたつの選択肢が与えられることになる。

25年1月、ベルギーのブリュッセル自由大学と体外受精の専門研究機関であるブリュッセルIVFの研究者チームが、幼少時に化学療法を受けた患者への世界初の精巣組織移植手術を行なったと発表した。患者は今後1年にわたり、精液中の精子の有無を観察される。1年後、医師らは移植した組織の一部を取り出して精子の生成状況を確認するという。

「命を救うためのがん治療を受けたことで、生涯にわたる生殖機能の損傷を強いられる患者は非常に多いのです」と、ノースウェスタン大学の泌尿器科教授で、米国生殖医学会議(ASRM)の次期会長に就任予定のロバート・ブラニガンは言う。「幹細胞移植と組織移植のどちらがより有効であるかは断言できませんが、いずれもさらに研究を進める価値のある手法だと思います」

類似の手段として、女性のがん患者には卵巣組織移植(OTT)と呼ばれる手法が用いられ、これまでに世界で200例を超える生児出生が確認されている。通常、化学療法を要する成人男性には精子の凍結保存という選択肢があるが、女性が同等の手段である卵子凍結を選ぶ場合、採卵に2〜3週間を要することがあり、化学療法の開始前に凍結処置を受ける時間が確保できない恐れがある。そのため、OTTは精巣組織の移植術に比べ研究が進んでいるのだ。卵子凍結の可能性が絶たれている場合、卵巣の組織片を採取し、将来の使用に備えて保存することになる。


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「少しずつ遅れを取り戻し、若い女性と同等の可能性を若い男性にも提供できるようになってきたことに大きな喜びを感じています」と、非営利の医療組織であるデューク大学ヘルスシステムに所属する小児泌尿器科医のジョナサン・ラウスは言う。「いかなるときも子どもたちの命をつなぐことが第一の目標ですが、その後に自分らしい人生を送ってもらうことが第二の目標であることは言うまでもありません。この研究は、その点において確実に患者の未来に影響を与えるはずだと思っています」

シュウは、この技術がまだ初期段階にあり、自分には効果がないかもしれないことを承知している。しかし、たとえ自身は実子をもてなくても、この技術が最終的にほかの小児がん患者の選択肢を増やしてくれることを彼は願っている。「始まったばかりの試みです」と彼は言う。「支援や研究、データの蓄積が進むほど、わたしのような患者の未来が明るいものになるはずです」

(Originally published on wired.com, translated by Mitsuko Saeki, edited by Mamiko Nakano)

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引用元:
「精子幹細胞」で生殖機能の回復目指す──小児がんを経験した20代男性の移植治療(WIRED)