乳がんと前立腺がんの大きな違い
写真:現代ビジネス

しかし、この前立腺がんと乳がんには大きな違いもあります。図9-2を見てください。これは2012年の統計をもとに、前立腺がんと乳がんの年代ごとの発症率をグラフにしたものです。前立腺がんは60歳を過ぎると急激に増えて、70代後半がピークになっています。第6章で見たように、がんは高齢になるほど発症率が上がるのが普通で、前立腺がんも例外ではありません。ところが乳がんは様子が違い、30代から増加が始まって、40代なかばと60代なかばに二つのピークができています。乳がんは、他のがんとくらべて若い世代で発症する人の割合が高いのです。

これは、欧米人の乳がんと日本人を含むアジア人の乳がんの最大の違いでもあります。欧米人は閉経をむかえてから乳がんになる人がほとんどで、発症年齢のピークは60代後半の一つだけです。

図9-3は、アジア・太平洋地域各国の乳がんの発症率を年代ごとに比較したグラフです。2012年のデータですが、日本で乳がんが増えていると言っても、オーストラリアとくらべるとずっと少ないのがわかります。ほとんどの国は40代なかばまでは発症率がそれほど変わりません。

大きく違うのはそのあとです。オーストラリアが60代後半まで発症率が上がり続けるのに対し、日本、香港、タイは40代なかばで発症率が頭打ちになります。つまり、見かたを変えると、日本は50代以降の乳がんの発症率が極めて低いということです。

それなのに20~40代の若い日本人の乳がん発症率が欧米なみなのは、アジア人と欧米人の乳房の違いによると言われています。女性の乳房のおもな成分は、脂肪と、乳を作るための乳腺で、脂肪とくらべて乳腺の割合が高い乳房は、脂肪の割合が高い乳房とくらべて4~6倍乳がんになりやすいことが示されています。乳腺の割合が高いタイプの乳房を持つ女性は欧米では40%しかいないのに対し、日本は80%にのぼります。これが、若い日本人女性に乳がんが起こりやすい大きな原因になっています。なお、胸の大きい・小さいは乳腺の割合とは直接関係ありません。

閉経をむかえると乳腺が小さくなって脂肪に置きかわるため、乳腺の割合は低くなります。ところが日本人は、閉経を過ぎても乳腺の割合が高いままの人がいて、こういう人は乳がんになりやすい状態が続きます。高齢女性を対象に日本で実施された調査でも、乳腺の割合が高いままの人は、そうでない人とくらべて乳がんの発症率が約3倍高いことがわかりました。

その一方で、日本人を乳がんになりにくくしてくれる遺伝的素因もあります。乳がんには、染色体や遺伝子の異常を原因とする遺伝性のものが10%くらいあり、とくに問題になるのがBRCA1とBRCA2の2個の遺伝子です。この二つのうち、どちらかに生まれつき変異があると、そのどちらにも変異を持たない人とくらべて乳がんの危険が10~19倍も大きくなります。

これらの遺伝子変異は性別に関係なく2分の1の確率で子供に伝わり、乳がんだけでなく、女性は卵巣がん、男性は前立腺がんなど、増殖に性ホルモンが関係する他のがんの発症率も上がります。このうちBRCA1は、変異を持つ人の割合に人種差があり、最も高いのがユダヤ系の一部の家系、次いで北欧です。その逆に最も低いのが日本人を含むアジア人で、ユダヤ系女性の16分の1しかありません。

日本では乳がんが少なかったために、乳がん研究のかなりの部分を海外のデータに頼らざるをえない状況が続いていました。しかし、日本人にとって望ましい予防法や治療法を見つけ出すには、日本人の乳がんに関する情報をもっと集め、分析する必要があります。そのため、BRCA1またはBRCA2に変異を持つ患者さんの遺伝子データと医学情報を集めたデータベースが2012年に作られ、日本乳癌学会、日本人類遺伝学会、日本婦人科腫瘍学会の3つの学会が共同で管理していくことになりました。また日本乳癌学会は、『乳癌診療ガイドライン2015』の冒頭で、日本で得られたデータを積極的に採用して、「日本の」ガイドラインを作る努力を続けると述べています。日本から乳がんの悲劇をなくすための努力が始まっています。

さらに連載記事<「胃がん」や「大腸がん」を追い抜き、いま「日本人」のあいだで発生率が急上昇している「がんの種類」>では、日本人とがんの関係について、詳しく解説しています。

奥田 昌子(医学博士)

引用元:
なぜか「日本人の女性」は若い時の「乳がん」発症率が「欧米人なみ」という「驚きの事実」(Yahoo!ニュース)