2023年、ジョナサン・マイヤーはオランダの裁判所から、新たな家族への「精子提供禁止」の判決を受けた。世界中で自らの精子を提供し、生まれた子供は550人以上だとされている。仏誌「ル・ポワン」の記者が、いまは木彫職人として静かに暮らしているというマイヤー本人を訪ねた。

【動画】精子提供について語るジョナサン・マイヤー

オランダ、ハウダの小学校に勤めるナタリー・ダイクドレンスは、似通った顔の生徒たちを見るたびに、ある疑問が頭をよぎる。彼女の息子に似た子もいる。「この子もジョナサン・マイヤーの血を引いているのではないだろうか」

同国第二の都市ロッテルダムから20kmほど離れたこの街は、緑豊かで、新しい家々の前にはハイクラスのテスラ車が並ぶ。39歳のナタリーと、パートナーのスザンヌ・ダニエルズ(43)は、景観と静けさを求めて数ヵ月前にこの街に越してきた。彼らは二人の子供をここで育てている。15歳のエリザは初婚の時の子供で、プラチナブロンドの髪を持つ11歳のトビアスは、精子提供によって生まれた子である。

リビングに腰をおろし、ナタリーはため息混じりに言う。「この辺りには、ジョナサンの子供がたくさんいます。最近も、娘がトビアスそっくりの子を見かけたと話していました。でも、その子は自分が精子提供で生まれたことをおそらく知らないでしょうから、聞くことはできません」

ジョナサン・マイヤーの名はこの地域で知れ渡っている。当局によると、彼はオランダだけでなく世界中で、精子提供によって600〜1000人の子供を作ったとされる。もちろん、事が明らかになるまで、誰もそのことを知らなかった。

長い間、ナタリーは子供を欲しがっていた。自分が同性愛者だとわかり、彼女はすぐに病院での不妊治療という選択肢を排除した。それはまさしく戦いとなるからである。精子の提供が少ないために、少なくとも2年間は待たなければならず、費用は高額、精子ドナーの選択もできない。彼女は養子をもらうつもりもなかった。

「病院は選択肢を与えてくれません。ですが私は、プロセスに対する最低限のコントロールを望んでいました」。「精子ドナーに会えないならば、自分の子供の頭脳や性格がどのようになるか、どうやって知るのでしょうか。精子のドナーを知りたかったので、病院を諦めました」

2010年、彼女は専門のサイトでドナーを探しはじめた。すぐにジョナサン・マイヤーのプロフィールが出てきた。当時29歳の、プラチナブロンドで青い眼の男に、すぐに親しみを感じた。

「彼とは共通点がたくさんありました。教師で、好みの音楽も同じ。大家族の出身で、信仰心がありました。すべてのチェック項目に当てはまったのです」。彼に会ったナタリーは、いつも精子を提供しているのかと聞いた。

「彼が言うには、私は彼に精子提供を依頼した3番目の女性であり、全部で5人の女性に精子を提供するつもりだとのことでした」。彼女にとってもっとも嬉しかったことは、正式な親ではないにもかかわらず、マイヤーは未来の子供と定期的に連絡をとることを受け入れてくれたことだった。

彼との性交渉を望まなかったナタリーに、マイヤーは別の解決策を提案した。毎月の排卵日を知らせると、性感染症の検査をした彼が家に来るというものだ。そこで彼は容器に射精し、ナタリーはそれを自らの手で受精させる。人工授精の費用は廉価だった。2012年1月、5回の試行と1回の流産を経て、ついにナタリーはトビアスを身籠った。

オランダからデンマーク、ウクライナへ
2017年11月、エヴァは「OneWish」というサイトでマイヤーに出会った。彼は「ヤコブ」という偽名を使い、精子を提供しようと彼女にコンタクトしてきた。気前の良いこのドナーは、2007年以来、8人の女性との間に12人の子供を作ってきたという。そろそろ止めるつもりかと尋ねると、「はい。そろそろ法的上限になるので」と答えた。オランダでは12人の女性との間に、25人の子供が上限である。

それからマイヤーは、ナタリーのときと同じように事を進めた。受精のために彼はエヴァの家に通い、2019年6月、エヴァは息子のマックスを出産した。

この2人の母親の知らないところで、ジョナサン・マイヤーはすでにオランダ産婦人科協会から疑いをかけられていた。2017年、この連続精子提供者が11の不妊治療クリニックで10年にわたって102人の子供をもうけていたことが判明し、訴訟が起こった。

1992年以来、精子提供の条件の一つには「精子提供者は同時に別のところで精子を提供しない」というものがあった。さもないと、数のコントロールができなくなってしまう。しかし、実際のところ、クリニックはそこまで注意深くなかった。

「あるクリニックと縁を切ったら、別のクリニックに行っていた」とマイヤーは裁判で語っている。「不妊治療クリニックはそもそもコントロールに反対の立場です」と、体外受精で産まれた子供たちの親探しを援助する協会「Donorkind」の会長ティス・ファン・デル・ミールは指摘する。

オランダでブラックリストに載ったジョナサン・マイヤーだったが、彼は諦めなかった。彼は「ルード」という名前を使ってデンマークに行き、世界最大の精子バンクである「クリオス」を見出す。フランス人だけでも、毎年数百人が助けを求めている巨大多国籍精子バンクだ。

マイヤーはウクライナにも行き、代理出産業者「バイオテックス・コム」に精子を提供している。OneWishのような有料サイトと並行して、彼は10以上のFacebookのグループに登録している。精子提供に関する国際的な法律がないため、誰も彼を止めることはできない。

ナタリー・ダイクドレンスとスザンヌ・ダニエルズは、マイヤーの嘘に気づいた日のことをよく覚えている。2021年、スザンヌは庭でコーヒーを飲みながら、「フォルクスクラント」紙に目を通していた。そこには、謎めいた連続精子ドナーのことが書かれていた。スザンヌは急に眩暈に襲われた。「名前は間違えるかもしれません。でも、そのデッサンの男は間違いなく彼でした」。ナタリーはこう振り返る。「声も出ませんでした。5人どころではなく、何百人もの女性に精子を提供していたのです」

多くがオランダで、そしてドイツ、イタリア、オーストラリア、南米でも同じことをしていた。フランスにも行き来していた。専門家の見積もりでは、世界中で「14年間精子提供を続けると、理論的には800〜1000人の子供がいることになる」。しかし、記録もなければ精子提供に関する法律もないため、正確な数字を把握することはできない。

2023年4月28日、ジョナサン・マイヤーはハーグ裁判所で、精子提供の広告をインターネットに上げることのいっさいを禁止するという判決を受けた。彼はいま、すでに彼との子供をもうけた家族にしか精子を提供する権利を持たない。弁護士のマルク・デ・ヘクは、「この件で、前例を作ることになりました。次に連続して提供しようとする者がいたら、簡単に追跡できるでしょう」と話す。

マイヤーとの対面
オランダでこの事件は人々の怒りを買った。ティス・ファン・デル・ミールのもとには、連続精子ドナーの子供を産んだのではないかと、世界中の動揺した家族から電話がひっきりなしにかかってきた。

「裁判の間、私たちは週に15件の相談を受けていました。いまでも週1件ほどあります。一般的に、家族はショックを受け、子供にどうやって伝えようか悩んでいました」。この事件はベルギーにも反響があり、公衆衛生省は精子ドナーのデータベースを作るための法律を制定すると約束した。しかし、インターネットでの個人的な提供については規制していない。

マイヤーは登録者数約5000人のYoutubeチャンネルで自己弁護している。動画を通して彼が訴えるのは、家族の大切さ、自然と精神への回帰である。南アフリカ、ケニア、シチリアなどで、絵葉書のような背景をバックに、アロハシャツを着て連続精子ドナーは動画を撮影している。

彼はメールで「訴訟の莫大な費用の埋め合わせとして、お金が必要」だとし、インタビューに金銭を要求しようと試みた後、私たちの申し出を受け、ハーグの東100kmほどのところにある小さな街のカフェで2時間会うことになった。寒さにもかかわらず、妙なサーファーのように、ショートパンツにサンダル、半袖Tシャツで彼は現れた。マイヤーはその場所をたまたま選んだのではない。彼は多くの家族と繋がりが残っていると話し、夕方にこの場所で待ち合わせがあると話した。

42歳、長髪をしたマイヤーは、これまで教師、ギター講師、郵便配達員、暗号通貨のコンサルタントとして働き、現在は木彫を仕事にしており、オランダの小さなアパートで静かに暮らしている。彼は、高校時代に慢性の病気にかかった友人が不妊になったことを知り、精子提供を25歳で始めたと語った。そして2019年には疲れて提供を辞めたという。

「いつでも、どこにいても、精子提供の依頼が来ます。連絡を受けたら急いで食事を終えて、出かけるのです。私はこれまで、5万時間を精子提供に費やしてきた計算になります。週末も含めて、ほぼ毎日。やりすぎでした。静かに暮らして、自分の時間がほしかったのです」。とはいうものの、ここまで精子提供を続けた、彼の当初の動機は大きな謎に包まれたままだ。

2012年、オランダの研究者は(一般的な)ドナーにとっての3つの主な動機を特定した。「金銭」、「寛容さ」、「DNAを残すという欲望」である。

スザンヌ・ダニエルズは最初の仮説に納得する。「彼は週に8回も提供していました。性感染症の検査費として、この8家族は彼に160ユーロを払います。なかには、旅費その他に300ユーロを払ったという人もいます。計算は任せますが」とスザンヌは微笑む。

ジョナサン・マイヤーは親たちを「何度か」騙していたことを認識している。多くは彼に子供の数を聞かなかったが、「私にそれを聞いてきた人には、私は違う数字を言っていたと思います」と彼は認める。

いまでも一生の問題と共に生きていく何百人もの子供たちが残っている。人口2000万人に満たないオランダは、小さな国である。「ドナーの子供が10人ならば、異母きょうだいに出会う確率は0.011%、200人なら0.2%になる」と、マルク・デ・ヘク弁護士は言う。ナタリー・ダイクドレンスは憤る。「彼は子供の無垢を奪いました。子供たちは私たちと同じ人生を送ることはないでしょう。近親交配のリスクが常にあります」

精子提供で産まれたイフォ・フォン・ハーレンはそれがどういうことかを知っている。出会いアプリ「Tinder」で、異母きょうだいの何人かに何度も出くわしているのだ。

「ドナーの子供の80%は、自分がどのように産まれてきたのかを知りません」と、39歳のエンジニアは説明する。「それは、子供を作れない者は身を隠さなければならないという発想に結びついています」。このタブーが近親交配のリスクを生み出す。

2017年から、Facebookのプライベートグループ「Donorkind 102 JJM」では、何十もの家族が子供たちの写真や近況を共有し合っている。そこには、次のような注意書きがある。「マイヤーに写真や情報を送らないように!」

森に出かけてみんなで会う機会もあった。60人ほどのマイヤーの子供たちが、数時間を共に過ごして一緒に遊び、森でハイキングをし、要するに結びつきを作った。ナタリーは声を絞り出す。「同じような顔の子供たちがいるのを見ると不安を感じました。悪趣味なSF映画を見ているようでした」

ナタリーはマイヤーとの関わりを遮断した。彼はそれを望んでいなかったと言う。「結局、彼の問題でも、怒っている母親の問題でもないのです。真の問題は、大量提供者それぞれです。この物語が終われば、何かが変わるはずです」

引用元:
「5万時間を精子提供に費やした」そして、子供の数は550人以上に… 世界を騒がせた「シリアル精子ドナー」のいま