発表のポイント
抗がん剤が効きにくい(抗がん剤抵抗性)難治性卵巣がん(明細胞がん)の手術検体を用いて、HIF-1陽性がん細胞とがん関連線維芽細胞(CAF)が協調して抗がん剤抵抗性を引き起こすことを発見しました。
HIF-1陽性がん細胞が放出する増殖因子(PDGF)によりCAFが活性化し、そのCAFがHIF-1陽性 がん細胞の抗がん剤抵抗性を誘導するフィードバック制御機構の存在を明らかにしました。
受容体型チロシンキナーゼの阻害剤が、CAF抑制に働くこと、既存の抗がん剤との併用により明細胞がんの増殖を相乗的に阻害することを見出しました。
今後、この研究成果に基づき、CAFを標的としたがん治療法の開発が期待されます。
概要
帝京大学先端総合研究機構の岡本康司教授は、JST戦略的創造研究推進事業CRESTにおいて、新潟大学の森裕太郎助教、吉原弘祐教授、国立がん研究センター研究所の濱田哲暢分野長らとの共同研究で、難治性卵巣がんの治療抵抗性を、がん細胞とは異なる「がん関連線維芽細胞」(Cancer-Associated Fibroblast、CAF)注1)が引き起こしていることを発見しました。

卵巣がんはsilent killerとも呼ばれ早期発見の難しいがんです。卵巣がんはいくつかの種類に分けられますが、その中でも明細胞がんは抗がん剤が効かないことが多く、効果的な治療法の開発が強く望まれています。

本研究グループは、シングルセル解析注2)、空間的トランスクリプトーム注3)、多重抗体染色注4)、オルガノイド・スフェロイド培養注5)などの先端的解析手法を組み合わせて、明細胞がんの手術検体を解析しました。その結果、HIF-1注6)陽性がん細胞とCAFとの協調作用が抗がん剤抵抗性を引き起こしていること、がん細胞が放出する増殖因子(PDGF)注7)が、CAFの活性化を介して抗がん剤抵抗性を促進することを発見しました。さらに、受容体型チロシンキナーゼ阻害剤注8)がCAFの活性化を抑えることにより、従来の抗がん剤の抑制効果を増強することを明らかにしました。

本研究により、今後はCAFを標的とした新しい治療法の発展、および難治性卵巣がんに対する新規抗がん剤の開発が期待されます。本研究成果は、2024年4月26日(日本時間AM0時)に米国科学誌「Cell Reports Medicine」のオンライン版に掲載されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究CREST
研究領域:「多細胞間での時空間的相互作用の理解を目指した定量的解析基盤の創出」(研究総括:松田道行)
研究課題:「マルチオミクス1細胞解析による難治がん組織空間の数理的再構成」(グラント番号JPMJCR2122)
研究代表者:帝京大学先端総合研究機構教授 岡本康司
研究期間:2021(令和3)年10月〜2027(令和9)年3月

背景
人生100年とも言われますが、国民の平均寿命が伸びるとともに、国民の二人に一人が「がん」に罹患する時代になっています。このような状況において、がんを根治する革新的な治療法の開発が待ち望まれています。多くの難治がんは従来の抗がん剤では十分に抑えることができませんが、このような抗がん剤抵抗性は再発や転移に繋がるため、がん患者の生命予後と深く関連しています。そのため、抗がん剤抵抗性が生じるメカニズムの解明が強く望まれています。

岡本教授らの研究グループは、新潟大学大学院医歯学総合研究科産科婦人科学分野の森裕太郎助教、吉原弘祐教授、榎本隆之前教授らとの共同研究で、卵巣がんの抗がん剤抵抗性メカニズムを明らかにすることを目指しました。卵巣がんは、漿液性がん、明細胞がん、粘液性がん、類内膜がんの4種類に大別されますが、その中でも日本で比較的頻度が高く抗がん剤が効きにくい明細胞がんを対象として研究を行いました。岡本教授はこれまでの研究で、シングルセル解析と呼ばれる手法を用いて、抗がん剤抵抗性を引き起こす細胞群を1細胞レベルで解析し、その特性を明らかにしてきました注9)。そこで本研究でも、シングルセル解析で抗がん剤抵抗性がんを構成する細胞組織の特性を解明することで、抗がん剤抵抗性メカニズム解明の糸口を探りました。

研究内容
明細胞がんの手術検体でシングルセル解析を行った結果、抗がん剤の効果が高い症例に比べ、効果の低い症例ではHIF-1(a型アイソフォーム)発現が上昇しているがん細胞群が増加していることが明らかになりました。得られた知見に基づき、図1に示した統合解析を行なったところ、以下のことが解明されました。

明細胞がん手術検体を用いて空間的トランスクリプトーム解析を行なったところ、HIF-1陽性の抵抗性がん細胞群はCAFと同じ場所に存在していることがわかりました。
国立がん研究センター研究所の濱田哲暢分野長との共同研究でがん細胞とCAFマーカーの多重 免疫染色解析を行い、HIF-1陽性がん細胞とCAFの増加が予後増悪と関連していることを見出しました。
明細胞がんの手術検体を用いてがんオルガノイド・スフェロイド培養を行い、CAFと一緒に培養(共培養)を行なって機能的に検証したところ、がん細胞が放出するPDGFが、CAFの活性化を介して抗がん剤抵抗性を促進することを発見しました。
共培養モデルおよび移植腫瘍モデルを用いた検証を行い、CAFの活性化は、受容体型チロシンキナーゼ阻害剤(Ripretinib)で抑えられること、さらにRipretinibは、標準治療抗がん剤(Carboplatin)のがん細胞増殖抑制効果を増強することを明らかにしました。これらの結果より明細胞がんでは、図2のような抗がん剤抵抗性を示すがん微小環境が存在し、CAFが有効な治療標的となりうると考えられました。
図1 卵巣明細胞がんの手術検体を対象にした統合解析(論文より抜粋)
シングルセル解析、空間的トランスクリプトーム、多重抗体染色、オルガノイド共培養などの統合解析を行なった。
図1


図2 抗がん剤治療抵抗性を引き起こす、卵巣明細胞がんの微小環境(論文より抜粋)
抵抗性がん細胞群より、PDGFが放出される。
がん細胞由来のPDGFは、CAFの活性化を誘導する。
活性化CAFはがん細胞のHIF-1上昇および治療抵抗性の亢進をもたらす。
受容体型チロシンキナーゼ阻害剤によるCAF活性化抑制は、既存の抗がん剤によるがん抑制効果を促進する。
図2

展望
本研究により、今後はCAFを標的とした新しい治療法の発展、および難治性卵巣がんに対する新規抗がん剤の開発などの臨床応用への展開が期待されます。

引用元:
国立がん研究センター、難治性卵巣がんの治療抵抗性を引き起こす細胞間の協調作用を発見〜「がん関連線維芽細胞」を標的とした新しい治療法開発に期待〜(日経バイオテク)