不妊の夫婦が他人の精子の提供を受けて子どもを得る非配偶者間人工授精(AID)。出生の事実を知った子どもが、自身の存在が揺らぐほどの衝撃を受け、出自を知る権利を訴えている。AIDで生まれた人と精子提供者をつなぐ目的で専門家らが2022年12月に設立した団体「ドナーリンク・ジャパン」に、精子提供者の元医師が登録した。元医師は「このような団体が仲介するなら、自分の情報を開示してもいいと思った」と登録の理由を明かしている。

AIDで生まれた石塚幸子さん=東京都豊島区


 ▽1万人超が誕生
 AIDは国内では1940年代に慶応大病院で始まり、これまでに1万人以上が誕生したとされる。主な精子提供者は産婦人科の医師が学内で集めた医学生で、実施の際は夫婦や提供者に秘密厳守を求めていたという。
 ドナーリンク・ジャパンの理事を務める石塚幸子さん(44)は、父親が遺伝性の病気を発症したことをきっかけに母親からAIDで生まれたことを23歳の時に知らされ、ずっと隠されてきたことにショックを受けた。
 「偽りの人生を生きてきた。自分は何者なのか。一度でいいから提供者に会ってみたい。精子というモノではなく、人が関わったことを確かめたい」との思いが消えることはない。
 石塚さんが知り合ったAIDで生まれたほかの人も、後ろめたい技術で生まれたのではないかと深刻に悩んだり、遺伝的特徴の半分の手がかりがないことを不安に思ったりしている人が多かった。
 ▽仲介で交流支援
 ドナーリンク・ジャパンは、出自を知りたい人と知らせてもいいという提供者が登録し、唾液による簡易的な遺伝子検査や提供時の状況などを踏まえて遺伝的なつながりを判定する。団体に所属するソーシャルワーカーや心理士の仲介で、双方の希望に添う形での交流を支援する。
 今年1月末までに、AIDで生まれた6人の女性が登録。提供者としては、関西に住む80代の元医師の男性が登録した。
 団体は2月、AIDで生まれた4人の女性と、この男性が匿名で対話する会を開催。男性によると、医学生だった1958年ごろ、友人から精子提供者を探していると聞いた。父が開業する産婦人科医院に不妊の女性が多く来ていて切実に悩んでいることを身近に知っていたことから、10回ほど精子提供に応じた。
 



 男性は「生まれた子どもが自分の遺伝的な背景を知ることの重要性が今なら分かる。生まれた子が出自が分からなくなって悲しむようなことがないようにしてほしい」と話し、出自の開示の大切さを訴えた。
 生命倫理の研究者としてAIDを巡る海外事情に詳しく、ドナーリンク・ジャパンの代表理事を務める仙波由加里さんによると、精子提供者は自分の精子で生まれた人が突然現れて財産を求められたり、家族を巻き込んで大騒ぎになることを恐れたりする場合が多い。逆に、精子提供者が自分の精子で生まれた子どもにつきまとう事例も海外で起きたという。
 ▽18カ国で保障
 この男性も「会うのに安全な人かどうか、第三者に見極めてもらった方がよい」と考えている。
 不妊治療を受けた経験のある仙波さんは「子どもが欲しい人の気持ちはよく分かるが、子どもの権利を一番に考えるべきだ。提供者のことを知りたいという人がいれば、知ることができる仕組みが必要だ」と、団体を設立した理由を話す。
 団体によると、海外では欧州や米国の一部の州など、少なくとも18カ国の22カ所で子どもの出自を知る権利が法律で保障されている。国内では、出自を知る権利を規定した法律はなく、開示の在り方について、議論が続いている。(共同=戸部大)

引用元:
出自知る権利、当事者訴え 精子提供者の元医師も登録 両者つなぐ団体が活動(47NEWS)