歩行時のふらつきやろれつが回らないなどの症状が徐々に進行する難病「脊髄小脳変性症」。現状では治療法は確立されておらず、リハビリや症状の緩和を目的とした投薬が中心となる。一方で専門医は「最近10年で、急速に治療法開発を念頭においた研究が進んできた」とし、治療法の発見につなげるための臨床試験も行われている。

患者数は全国に3万人程度で、遺伝性が3〜4割。進行のスピードには個人差があるが、飲み込む力が弱ったり呼吸不全になったりすれば命に関わる。根治治療法のない現状では、筋力を維持して歩行を安定化させたり、転倒による外傷を予防したりするためのリハビリを奨励しつつ、症状を少しでも緩和するような薬が処方されている。

中学3年で発症し、闘病の末25歳で亡くなった女性の手記を基にしたテレビドラマ「1リットルの涙」(フジテレビ系)が平成17年に放送され、話題を呼んだ。

一方、複数の研究も進められている。このうちアミノ酸の一種「L−アルギニン」を投与する治療法は、令和2〜5年に第2相臨床試験が行われた。近畿大医学部の永井義隆教授(脳神経内科学)によると、遺伝性の一部のタイプは遺伝子の変化によって異常なタンパク質が産生され、それが凝集して神経細胞内に蓄積、細胞を死滅させる。L−アルギニンはこのタンパク質の構造を安定させ、動物実験では運動症状の改善が確認された。

また、DNA損傷を修復する分子を導入する別の治療法の研究も進む。北海道大病院脳神経内科の矢部一郎教授(神経内科学)によると、日本神経学会では、将来的に治療法が開発されることを念頭に、遺伝の可能性のある人を対象に発症前診断を行い、その結果に基づいて早期治療につなげていく検討が進められているという。

母から遺伝、43歳で発症「克服できれば希望に」
時間の経過とともに少しずつ運動機能が失われていく脊髄小脳変性症。患者や家族は症状の進行を遅らせるリハビリなどを続け、治療法の発見を待ち望んでいる。

東京都八王子市に住む会社員女性(47)は43歳だった令和元年に発症。祖母と母、伯母もこの病気で亡くなった。学生時代は車いすの母を介護するヤングケアラーだった。穏やかだった母は発症後、思いを周囲に伝えられないもどかしさからか攻撃的になったという。それがつらくて家を出た。

夫(58)と出会ったとき、将来自分も発症するかもしれないことを打ち明けた。子供にも遺伝するかもしれない。それでも夫は「介護が必要ならする。子供には遺伝しないかもしれない」と女性を励まし、結婚。その後生まれた長男は今、9歳だ。

話しにくい、字が書きにくい症状が表れたときには「加齢のせいかも」と自分に言い聞かせた。半年間、躊躇(ちゅうちょ)した後に母と同じ病院で確定診断を受け、現在は夫の勧める食事療法を続ける。

職場の上司には病気のことを伝えた上で、従来と同じ仕事量をこなすが、手が動きにくいためにパソコンの打ち間違えが増え、時間がかかるようになった。子育てのため残業はできず、休日出勤することも。4年には自転車でふらついて転び、右腕を骨折した。

話しにくい、手足が動かしにくい…。その症状を完全に抑えることは難しくなってきた。筋肉をつけるためにプロテインを飲んだり、リハビリをしたりと日々試行錯誤する。たまに感情があふれることもある。

「いずれ薬ができるという話は、母の代から聞き飽きたから期待はしていない。でも、私がこの病気を克服できたら、将来長男がもし発症したとしても希望になる。治したいです」(加納裕子)

引用元:
進行性の難病「脊髄小脳変性症」 治療法の発見目指し複数の研究、発症前診断も検討(産経新聞)