アフリカのキタシロサイを絶滅の危機から救うために長年努力してきた科学者チームが、体外受精(IVF)によるサイの妊娠を世界で初めて成功させ、大きなハードルをクリアした。

実験では、ミナミシロサイの代理母「キュラ」に、同じミナミシロサイの胚(初期段階の受精卵)が移植された。この研究を主導する国際科学プロジェクト「バイオレスキュー」のヤン・ステイスカル氏は、ミナミシロサイでの成功は、同じ手法でほかの種のサイを助けられることを示す「概念実証」となると言う。

サイの妊娠期間は16カ月だが、キュラは妊娠とは無関係な細菌感染により、妊娠2カ月ほどで死亡してしまった。しかしステイスカル氏は、胚移植と初期段階の妊娠に成功したことは、絶滅の危機に瀕しているキタシロサイにこの技術を応用する道を開くと主張する。

このプロセスは、2025年にディズニープラスで放送予定のナショナル ジオグラフィック『エクスプローラー』特集のために、ナショジオが独占的に記録した。

バイオレスキューは近々、キタシロサイの胚をミナミシロサイの代理母に移植する予定だ。研究チームによれば、この2つの亜種は非常によく似ているため、胚は順調に育つ可能性が高いという。

キタシロサイはこれ以上ないほど深刻な状況にある。地球上にオスは1頭も残っておらず、今年35歳になる「ナジン」と24歳になる「ファトゥ」という2頭の高齢のメスがいるだけなのだ(サイの寿命は40歳と言われている)。2009年にチェコの動物園からケニアにやってきた2頭は、現在、オルペジェタ保護区に設けられた広さ3平方キロメートルの囲いの中で、武装した警備員に守られて暮らしている。

かつてアフリカ中央部には多数のサイが生息していたが、角めあての乱獲により、ここ数十年で個体数が激減してしまった。サイの角は私たちの爪と同じ物質からできているが、効果が証明されていない薬や彫刻の材料として高い需要がある。5種のサイのすべてが被害を受け、シロサイの亜種であるキタシロサイは特に大きな打撃を受けている。

サイを救おうとする科学者たちの奮闘を2009年から記録してきた写真家でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)であるエイミー・ビターリ氏は、キタシロサイは「太古の動物のような見た目で、実際に何百万年もの歳月を生き抜いてきたのですが、貪欲な人間のせいで絶滅の危機に瀕しているのです」と言う。


ドイツ、ライプニッツ動物園・野生動物研究所のスザンネ・ホルツェ氏とトーマス・ヒルデブラント氏。研究チームは、キタシロサイをはじめとする絶滅の危機に瀕した動物の保護に、生殖補助医療を役立てたいと考えている。(PHOTOGRAPH BY JON JUAREZ)
残り2頭が健在のうちに子サイを誕生させたい理由
キタシロサイの絶滅を食い止めるため、バイオレスキューは、保存してあったオスの精子と、ファトゥから取り出した卵子を使って実験を行っている。バイオレスキューの代表で、ドイツ、ライプニッツ動物園・野生動物研究所の野生動物繁殖学の専門家であるトーマス・ヒルデブラント氏によれば、これまでに約30個の胚を作って保存しているという。

最終的な目標は、キタシロサイをその生息域内で野生に復帰させることだ。「そうなれば本当にすばらしいですが、今から数十年も先のことでしょうね」とステイスカル氏は言う。

地球上には5種のサイがいるが、その多くが危機的な状況にある。現在はアフリカ全土でも約2万3000頭しか生息しておらず、そのうちの1万7000頭近くがミナミシロサイだ。やや小型のクロサイが6000頭強いるが、その3つの亜種は絶滅の危機に瀕している。

アジアには、それぞれ個体数が100頭未満となり絶滅の危機に瀕しているジャワサイとスマトラサイのほかに、角が1本だけのインドサイがいる。インドサイは増加傾向にあり、現在の個体数は約2000頭と推定されている。

胚は確保できていても、キタシロサイの復活までに残された時間は少ない。研究者たちはミナミシロサイを代理母に使うにしても、生まれてきた子サイをキタシロサイに会わせ、その行動を学習させたいと願っているからだ。そのためには、最後の2頭が生きているうちに子サイを誕生させる必要がある。

半年以内にキタシロサイの胚をミナミシロサイに移植予定
バイオレスキューは次の段階として、キタシロサイの胚の1つを代理母となるミナミシロサイに移植する計画だ。ステイスカル氏によると、半年以内にこれを行う予定になっているという。

彼らは次の代理母を決め、新しい囲いや作業員のブーツの消毒など、代理母を細菌感染から守るための予防策を整えた。胚移植は代理母の発情期に行われるので、今は発情期を待っているところだ。

発情期の見きわめには去勢したオスのサイを使うという。オスに精子が残っていないことを確認できてから代理母と一緒にし、交尾行動が見られれば、胚移植の成功確率が高いタイミングであることがわかる。交尾行動はメスの体に一連の変化を誘発するので、約1週間後に外科手術で胚を着床させる際の成功確率を高める上でも重要だ。

なお、保護区のスタッフが交尾行動を見落とすおそれはほとんどない。ヒルデブラント氏によれば、シロサイの交尾は通常90分も続く上、オスがメスの背中に乗り上げると、背が非常に高くなるからだという。


ミナミシロサイの「アリメット」を保護区で捕獲するケニア野生生物局とオルペジェタ保護区のレンジャーたち。彼らに協力するバイオレスキューの研究チームは2024年、アリメットを代理母として史上初のキタシロサイの胚移植を行う予定だ。(PHOTOGRAPH BY PHOTO BY AMI VITALE)
遺伝子の多様性を高める
キタシロサイが2頭しか残っていないことを考えると、遺伝的に多様性のある集団を蘇らせるのは難しいのではないかと思われるかもしれない。しかしバイオレスキューのチームは、ミナミシロサイという実例があると反論する。

ミナミシロサイは乱獲により19世紀末には100頭以下、おそらく20頭前後まで減少していたが、政府の保護と強力な保護戦略によってその数は回復し、現在は1万7000頭近くになっている。国際自然保護連合(IUCN)のアフリカサイ専門家グループの議長を務める保全生態学者のデビッド・バルフォア氏は、「彼らには、さまざまな条件に対応できるだけの多様性があるのです」と言う。

バイオレスキューのチームは、現在動物園に保存されているキタシロサイの組織サンプルから皮膚細胞を採取して、遺伝子プール(その集団が持つすべての遺伝子)をさらに拡大したいと考えている。具体的には、キタシロサイの皮膚細胞から幹細胞を作り、幹細胞から卵子や精子を作って通常の精子や卵子と受精させ、ミナミシロサイの代理母に胚を移植することをめざしている。

ヒルデブラント氏によれば、マウスではすでにこのような操作により健康な子孫が生まれているが、サイはマウスほど研究が進んでいないので、同じ操作をするのははるかに困難だという。

世界が協力、大阪大学の林克彦氏も
キタシロサイを絶滅から救い出すプロジェクトには莫大な費用がかかり、ドイツ教育研究省をはじめとするさまざまな公的・私的な支援によって支えられている。ほかにも、ドイツのライプニッツ動物園・野生動物研究所、ナジンとファトゥが生まれ育ったチェコのドブール・クラーロべー・サファリパーク、ケニア野生生物局、オルペジェタ保護区と連携しており、先述のマウスでの幹細胞研究を行った大阪大学のゲノム生物学者である林克彦教授も協力している。

ステイスカル氏によると、林氏の幹細胞技術を発展させることで、キタシロサイの遺伝子プールを8頭のメスの卵子と4頭のオスの精子の合計12頭分まで増やせるという。

ヒルデブラント氏は、ほかの方法、例えばキタシロサイとミナミシロサイを交配させるなどの方法で繁殖させると、生まれる子サイは遺伝的に純粋なキタシロサイにはならないと説明する。キタシロサイとミナミシロサイは非常によく似ているが、キタシロサイの方が耳が毛深く、湿地帯にすむのに適した足をしているなど、身体的なわずかな違いがある。

さらにヒルデブラント氏は、両者の遺伝子の違いにより、病気への強さなど生存上の有利さにつながる特徴に差が出る可能性があるという。ミナミシロサイや交配種をこの地域に連れてきた場合にも、行動や生態系への影響にどのような違いがあるかわからない。

「キタシロサイが絶滅の瀬戸際にあるのは、人間の貪欲さが原因です」とステイスカル氏は言う。「私たちは彼らを救える立場にあるのですから、努力する責任があると思うのです」

文=DINA FINE MARON/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで1月26日公開)

引用元:
体外受精でサイが妊娠、世界初 絶滅危惧種の救済に光(日本経済新聞)