あなたの体には母親の細胞が宿っている。もしかしたら、ほかの親族の細胞も体内にいるかもしれない。

近年の医学で注目される「マイクロキメリズム」は、同じ遺伝子を持つ細胞が2つの体内で同時に成長する現象だ。兄姉や母方の祖母、自分の母が生まれる前に祖母が生んだおじやおばの細胞さえ、私たちの細胞と同じかもしれない。

この現象はごく一般的に起こりうるものでありながら、体に及ぼす影響についてはいまだによくわかっていない。英誌「アトランティック」が、専門家の知見を紡ぎながら、人体に起こるミステリアスな現象を紐解く──。

女性の体内に「男性」がいる
24年前、ダイアナ・ビアンキは甲状腺を調べようと顕微鏡をのぞき、あるものを見つけて鳥肌が立ったという。そのサンプルは、確かにXXの染色体を持つ女性のものだった。しかしビアンキは、レンズの向こう側に大量のY染色体を見つけたのだ。「彼女の甲状腺の一部は、明らかに男性のものだったのです」とビアンキは語る。

原因は妊娠ではないかとビアンキは考えた。数年前、その患者は男の子を妊娠していた。その胎児の細胞の一部は子宮から流れ出て、母親の甲状腺やほかの臓器に吸収され、周囲の雌性細胞の影響を受け、自らも雌性細胞として活動するようになったのだろう。

現在、子供の健康と人間の発達に関する研究機関であるユーニス・ケネディ・シュライバー国立研究所の所長を務めるビアンキだが、当時はあまりの発見に驚いたそうだ。

「彼女の甲状腺は完全に、息子の細胞によって書き換えられていました」

他者細胞が「宿主の宿命」に影響か
ギリシャ神話の怪物「キマイラ」にちなんで名づけられたマイクロキメリズムは珍しい現象ではない。胎児が子宮内で成長すると必ず、胎児の細胞の一部が母親の体内に送られる。こうして、早ければ妊娠4〜5週目には、母親の体内に胎児の細胞が蓄積しはじめる。

胎児の細胞は、心臓、肺、乳房、結腸、腎臓、肝臓、脳といった、あらゆる臓器にたどり着く。胎児の細胞はそこに定着し、成長し、分裂を続ける。そして数十年、あるいは一生涯にわたって母体に同化するのだ。

シアトルのフレッド・ハッチンソンがんセンターの研究員、J・リー・ネルソンはこの現象は人間の進化によって起こる、自然の臓器移植のようなものだと語る。たとえ短い期間でも妊娠を経験した人すべてが、そして母親の子宮内にいたことがある私たちすべてが、マイクロキメリズムの影響を受けると考えられている。ネズミ、牛、犬、類人猿などの哺乳類にも、同じ現象があるようだ。

だが、胎児や母体から移動してきた細胞は、同じ場所に同じ数だけ現れるとは限らない。マイクロキメリズムの細胞は、100万個に1つの確率で現れると考えられている。その確率は、「検知できるかどうかギリギリのラインです」と、シンシナティ小児病院の免疫学者で小児科医のシン・シン・ウェイは語る。

これほどまばらで不安定な細胞が人体に影響を及ぼすことはないと指摘する研究者もいる。マイクロキメリズムの研究者たちのあいだでさえ、これらの細胞が果たす役割についての議論は絶えない。マイクロキメリズム細胞は、他者の体内にありながら、自らの目的をはっきりと持った異質な存在だ。宿主の本来の細胞と衝突することもあるだろう。

それに、マイクロキメリズム細胞が宿主の健康にも影響をおよぼすかもしれない。感染症へのかかりやすさ、自己免疫疾患、妊娠しやすいかどうか、そしてどんな言動をするかにさえ、この細胞が関係しているかもしれないのだ。
親子同士を認識させる働きも
他者の体内を漂うこの細胞は、いったいどんな役割を果たしているのか。研究者たちはすでにそのヒントを見つけている。

たとえばウェイによるネズミを使った実験では、妊娠中に胎児が母親から受け継いだマイクロキメリズム細胞が、胎児の免疫システムを整え、ウイルス性の感染症に対して強い体を作る働きをする可能性があるとわかった。ネズミが成長するにつれ、マイクロキメリズム細胞は、半分が見知らぬDNAでできている胎児を脅威ではなく、愛すべき存在なのだと母ネズミが理解できるよう助け、出産に導いているようだ。

マイクロキメリズムを前提に考えてみると、子供が親から臓器提供を受ける際、父親よりも母親からの臓器のほうが成功しやすいことにも不思議はないと、ウィスコンシン大学マディソン校で臓器移植を研究するウィリアム・バーリンガムは指摘する。

バーリンガムは90年代初め、腎臓移植後の男性患者を研究していた。その患者は、免疫抑制薬の服用を突然やめてしまったという。本来であれば、免疫抑制薬を飲まなければ体が拒否反応を示してしまうはずだ。ところが「彼はいたって元気でした」とバーリンガムは言う。

その患者は、母親から腎臓の提供を受けていた。もちろん母親の細胞は、その当時もまだ彼の血液や皮膚を循環していた。母親の臓器は彼の体にとって「新入り」ではあるが、自分と同じ細胞を持つ新入りなのだ。(続く)

マイクロキメリズム細胞は胎児、母体それぞれの中で個体を守るための役割を密かに果たしている可能性があると考えられる。その特性を活かし、マイクロキメリズムを難病治療に役立てる動きもある。続編では実現の可能性を研究者たちが語る。

引用元:
体内に潜む「他人の細胞」が免疫や妊娠に影響を及ぼす可能性 米メディア(Yahoo!ニュース)