これから妊娠・出産を経験する可能性の高い若い世代に、健康管理を促す取り組み「プレコンセプションケア」(プレコン)が国内の医療機関や自治体で少しずつ広まっている。「コンセプション(conception)」とは英語で「受胎」の意味。若いうちから意識を高め、トラブルの少ない出産を迎えるだけでなく、年を重ねてからの健康増進にも役立てる狙いだ。(英字新聞部 遠藤富美子)
「やせ」が引き起こす将来のリスク
「海外赴任で夫婦共に日本を離れるが、妊活を遅らせてもいいか」「不妊治療に進もうか迷っている」――。国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)のプレコンセプションケアセンターには、主に20〜30代のカップルからそんな相談が寄せられる。
同センターは、2015年に日本で初めて開設された。性感染症や甲状腺機能などの検査や、葉酸・鉄などの栄養チェック、カウンセリングを対面で行うほか、オンラインでの相談も受け付けている。
国立成育医療研究センターの「プレコンノート」。ホームページからダウンロードできる
プレコンは、米疾病対策センター(CDC)や世界保健機関(WHO)が日本に先だって提唱し、周産期死亡率や妊産婦死亡率の改善に力が注がれてきた。日本の課題として浮かび上がっているのは、20代女性の2割をしめる「やせ」と不妊治療の多さだ。
BMIが18・5未満の「やせ」の女性は、体重2500g未満の低体重の子どもを出産するリスクが、やせに該当しない女性よりも高くなる。プレコンセンターを創設した母性内科の荒田尚子・診療部長は「やせの女性は、年を重ねてから骨粗しょう症にもなりやすい」と指摘する。若い頃の体づくりが年を重ねてからの健康に大きく影響するのだ。
「プライベートゾーン」とは?
妊娠・出産を巡る初歩的な質問も届く。「妊娠するには、いつ性交渉を持ったらよいのか、タイミングを教えて」といった内容だ。荒田さんは「子どもを産むか、産まないか、何人産むかは個人の選択。ただ、その決断をする前の知識が、日本では大きく欠けている印象があります」と危惧する。
「子どもの頃から少しずつ教えれば、体に関する健全な知識を身に付けやすい」と、荒田さんと、母性内科医長の三戸麻子さんが取り組んでいるのが、子どもたちに妊娠・出産についてわかりやすく伝える取り組みだ。
今年の8月には、世田谷区の事業として、区内の小学生1〜3年生とその親を対象に心と体の健康について教えた。赤ちゃんがおなかにいる状態をイメージして絵を描いてもらい、どのように赤ちゃんができるかを伝え、「プライベートゾーン」の説明も行った。プライベートゾーンとは、水着を着たときに隠れる性器や胸、お尻などのこと。「『ここは赤ちゃんの命に関係する場所。みんなも成長すると、赤ちゃんの命を生み出す力が持てますよ』と伝えるとわかってもらえます」と三戸さん。
若者が想像するアラフォーの人生
若者に将来の人生設計を考えてもらう形のプレコンもある。産み時を先送りにした結果の不妊治療も増えているからだ。最新データでは赤ちゃんの11人に1人が不妊治療の体外受精で生まれた計算で、第一子を産む平均年齢は30歳を上回っている。
6月の日曜日に東京都渋谷区で開かれたワークショップは、不妊に悩む人や経験者を支える認定NPO法人「Fine」や妊活グッズを扱う妊活スタイル、製薬会社フェリング・ファーマが共催した。
千葉県の会社員ダイキさん(24)は社会人3年目。今後のキャリアと私生活のバランスを考えようとしていたときに、イベントをネットで知り、申し込んだ。
ワークショップでは、Fineの 貴舩きふね 和也さん(38)が不妊治療で34歳で子どもを授かった経験を語り、それを聞いた参加者たちが「海外移住したい」「子どもは2人ほしい」など自分の人生プランを発表。次に「30歳で結婚したが、子どもに関する具体的な話し合いを夫とせずに先送りした」「39歳で、いまだ妊娠せず。ストレスや不安が高まり、夫婦間のコミュニケーションも希薄になる」といった架空のシチュエーションについて感想を話し合った。
「仕事とプライベートとのバランスは難しそう」「子どもができなかったら2人だけでの生活や養子縁組を視野に入れたい」と戸惑いを見せた若者たち。でも、体験者たちの話を真剣に受け止め、ダイキさんは「勤務先の産休、育休制度を早急に把握したい。子どもは普通に産まれるという前提で考えていたけどそうではないとわかった」と話した。
出産の「適齢期」はいつ?
日本生殖医学会によると、女性の妊娠・出産に最も適した年齢は、身体の発育の状態や病気のリスクなどを踏まえると20歳代。遅くとも30歳代半ばまでに第1子を出産するのが望ましい。
ただ、この年代は仕事などで忙しく、いつの間にか通り越してしまう女性も多い。高齢になるほど妊娠率は下がり、流産率は上がる。
武蔵野大学の 坂上さかじょう 明子教授は、複数の大学でプレコンの大切さを説いてきた。「子どもを持ちたいと思ったときに、加齢が影響して諦めざるを得ない事態を防ぎたい」と話す坂上さんは、ある高齢の不妊患者の言葉が忘れられない。「高齢になると子どもができないなんて知らなかった。もっと早く教えてほしかった」。切実な叫びは、プレコンに力を入れる原動力にもなった。
「プレコンは妊娠前のケアという側面が注目されがちだが、妊娠を希望するかどうかにかかわらず、すべての人の健康管理に必要なもの。若い人たちには、人生の選択肢を増やすために必要な知識を持ってほしい」
振り返って実感するプレコンの大切さ
不妊治療や高齢出産の経験者たちはプレコンの大切さを身をもって感じている。
埼玉県の岡田麻衣子さん(53)は不妊治療を経て42歳で第一子を授かり、さらに治療を続けて45歳で第二子を出産した。今はFineのピアカウンセラーやパートの仕事をしながら、元気いっぱいの小学生二人に振り回される毎日だ。
「高齢で産むと、自分が何歳まで生きられるか、そのときに子どもは何歳かと考えてしまう」と岡田さん。「高齢ママは精神的に成熟していると思われがちだが、子育てが初めてなのは若いママと同じ。遅れた分、従来のペースが崩れるとしんどい人も多いと思う」。プレコンは「絶対に必要。子どもがほしい人はとりわけ意識してほしい」。
それは4歳の長女の育児に追われる私(53)も同感だ。43歳で不妊治療を始め48歳で第一子を出産。流産も経験した。奇跡的に授かった娘は、おしゃべりとアニメの音楽に合わせて躍るのが大好きだ。
ただ、フルタイムの仕事に育児、家事の毎日は、夫とともにこなしているものの、息つく暇がほとんどなく、かなり疲労 困憊こんぱい だ。娘の教育費がのしかかるのは私たち夫婦が定年を迎えた後で、金銭的な心配も尽きない。私の母の介護とも重なるダブルケアも経験した。20代は仕事が何より生活の中心で、いつか妊娠・出産の機会も来ると能天気だった。40代で苦労を思い知った。
産み育てにくい日本?
国内の昨年の出生数は過去最低の77万人となり、少子化は深刻化の一途をたどっている。ベネッセの妊娠・出産メディア「たまひよ」が2022年に乳幼児を持つ親を対象に行った調査によると、今の子育て環境を「産み育てにくい」と感じる母親は76%、父親は50%で、母親は前年比10ポイント増だった。「産み育てにくい理由」では父母ともに、「経済的負担の大きさ」が最多だった。
産後ケアに長年取り組む横浜市の棒田明子さんは、「いまの世の中は効率ばかりが重視されるが、育児はこれとは真逆のもの」と指摘する。「自分の時間が持てなかったり、生活レベルやスタイルを変えざる得ないことを危惧したりする人が多い。出産した先輩を見て、仕事や保育園探しが大変に感じ、周囲に赤ちゃんや幼児が少ないことも影響しているのでは?」
我が家がこの夏参加した親子イベントに、0歳の赤ちゃんが来ていた。会場で赤ちゃんに話しかけていた娘は帰宅すると、「ちょっと赤ちゃん産んできま〜す」と言い、ふすまを閉めた。数分してふすまを開けると、お気に入りのぬいぐるみをタオルに包んで抱え、「赤ちゃん生まれました〜!」とうれしそうにのたまった。
赤ちゃんに対する楽しく、明るいイメージを娘が持ち続けられるよう、親としてサポートしていきたい。その積み重ねがやがてプレコンにもつながることを願う。
【メモ】政府は21年2月に閣議決定された成育医療等基本方針で、国として「プレコンセプションケア」の体制整備を行うことを示した。22年度から思春期、妊娠、出産などのステージに応じた切れ目のない支援を行う「性と健康の相談センター」事業を始め、窓口が全国に設けられている。プレコン外来を設ける医療機関も増えており、茨城県笠間市ではいち早く19年からプレコン外来の受診費用の一部を助成している。
(オリジナルの英文記事は10月22日付The Japan Newsに掲載されました)
引用元:
妊娠を意識する「プレコン」、日本でも広まるか…性教育不足が生み出す健康リスク(読売新聞オンライン)