男性不妊の原因の一つに、精子が精液にない無精子症があります。手術によって精巣から精子を採取する方法がありますが、精巣にも精子がなかった場合、第三者から精子提供を受けるという選択肢があります。実際に精子提供を受けた夫婦はどう悩み、決断したのか聞きました。

精子が見つかる可能性は3割
 遠距離恋愛を経て28歳で結婚したKさんは、新婚生活を1年ほど楽しんだ後、そろそろ子どもをつくろうと考えていた時に、病院の検査で夫が無精子症とわかりました。夫は「離婚してもいいよ……。本当に申し訳ない」と落ち込んでいたそうです。

 Kさんは「地獄の底に突き落とされた気分」でしたが、「誰のせいでもない。夫婦2人の課題として幸せになれる道を探そう」と考えました。

 無精子症とは、精液の中に精子が見られない状態です。精子の通り道がどこかでふさがっている 閉塞へいそく 性無精子症と、精巣で精子が作られていない非閉塞性無精子症があります。

 無精子症でも、精巣を切開して顕微鏡を使って精子を回収する「マイクロTESE(テセ)」という手術で子どもをもうけることはできます。

 Kさんの夫は、医師から手術で精子が精巣の中に見つかる可能性は3割と言われました。精子がない現実を受け止めることができるのか。手術を受けるまでの期間は「とどめを刺される前の半殺し状態」みたいで、とてもきつかったそうです。

精子提供は親のエゴ?
 精子を回収できなかった場合の選択肢は三つありました。(1)夫婦2人で生きていく(2)精子提供に進む(3)養子を迎える、です。

 Kさんは、外出先で赤ちゃんを見て、「明日から(血のつながりのない)あの子のお母さんになれるかな?」と養子縁組を想像したこともありました。

 精子提供を受けた場合、一番の問題は子どもが自分の出自に苦しまないかどうかということでした。現在であれば、「早期に告知をして円満な家庭で育てれば、精子提供で産まれた子どもも出自に悩むことなく健やかに育つ」といった海外の事例や研究結果もありますが、12年前はそういった情報はあまりありませんでした。

 Kさんは精子提供で子どもを産むことは「親のエゴではないか」とも考えました。自分たちが進もうとしている未来がどうなるのか分からず、とてもしんどかったそうです。

 考え抜いた末にKさんは「精子提供は先が見えない道だけれど、子どもが人生を終える時に、『精子提供で生まれてきた自分の人生がいい人生だった』と思ってもらえるよう私はベストを尽くして子どもを育てていくのみだ」と心に決めたそうです。「精子提供を受けたことが親のエゴかどうかは、子どもが決断を下してくれるはずだから」と。

 Kさん夫婦は話し合った結果、手術で精子が回収できなければ、第三者からの精子提供を受けることを決めました。

夫婦で同じ方向を
 不妊治療もそうですが、とりわけKさん夫婦のように「第三者提供」の道に進むためには、「夫婦で同じ方向を見据えていること」が非常に重要になります。

 Kさんは第三者から精子提供を受けることについて、夫がどう考えているのか知るのが少し怖かったそうです。幸いなことに夫もKさんと同じく、精子提供を受けて子どもを持ちたいと考えていました。「夫婦の見解が一致していると知った時はすごくほっとしました。後から聞いたのですが、血のつながりは気にならなかったけれど、周囲から子どもと自分が似ていないことを何か言われないか不安だったそうです」とKさんは話していました。

 夫婦で決断後、Kさんの夫は精巣から精子を回収する手術を受けました。残念ながら精子を採取することはできず、Kさん夫婦は決めた通り、第三者からの精子提供を受けることになりました。

 不妊治療は順調に進み、2回目の人工授精で出産することができ、第2子も生まれました。それから11年の月日が流れた現在、どこにでもいるようなごく普通の家族として4人で仲良く暮らしています。

 Kさん夫婦は早くから「真実告知」をしていたため、子どもたちは自分の出自についても理解しています。「今は遊びや習い事、友人に興味がある年頃で、自分たちの出自にはあまり興味はなさそうです」と話していました。
幼少期の告知で出自の悩み少なく
国内では1948年に第三者から提供された精子で行う人工授精が始まりましたが、プライバシー保護のため提供者は匿名とされていました。こうした生殖医療には、否定的な意見を持つ向きも多かったため、当事者が周囲に話すことはなく、子どもに真実告知をしたケースはほとんどありませんでした。そのため、子どもの頃に告知を受けて育ち、大人になった人はごく少数とされています。

 数は少ないですが、Kさんが共同代表を務める、精子提供・卵子提供・代理懐胎の当事者のための団体 「ふぁみいろネットワーク」 の調査では、幼少期に告知を受けた日本の子どもたちは海外の多くの事例と同じように、出自に悩むことなく健やかに育っているそうです。

 Kさんは「今後、精子提供を受けて生まれた子どもたちが悩むことがあれば可能な限り寄り添い、暮らしやすい社会を作る活動を続けたいと思っています」と話していました。

第三者による精子・卵子提供の情報乏しく
 前々回のヨミドクターでお伝えした 卵子提供で生まれた子どもは海外の事例 でした。日本では、精子提供や卵子提供など、第三者提供による妊娠・出産・子育てについての情報が非常に乏しいと実感しています。

 不妊に悩む当事者のためにも、こうした非配偶者間の不妊治療、養子縁組など、配偶者間の不妊治療以外の情報ができるだけ迅速に、必要なところに届きますようにと願っています。(松本亜樹子 NPO法人Fine=ファイン=ファウンダー・理事)

引用元:
夫が無精子症で第三者から精子提供を受けて妊娠 夫婦が悩んで出した答えとは(読売新聞オンライン)