季節外れの熱波がカリフォルニア州を2022年春に襲ったとき、ニューポート・ビーチのホグ・ホスピタルで産婦人科医を務めるナサニエル・デニコラは、普段とは異なる問題を抱えていた。妊娠32週目を迎えていた健康な母体の陣痛が早く始まったのだ。理解しがたい出来事ではあったが、赤ちゃんは生まれてきてしまう。

母親は破水し、赤ちゃんの心拍数は急速に低下し、子どもは逆子になっていた。このため母親に緊急帝王切開を施すことになった。生まれてきた赤ちゃんは、新生児集中治療室で数週間ほど過ごしたのちに家に帰ることができた。

産に奔走したあと、デニコラはこの早産が起きた理由を探し始めた。破水が早く起きる理由は、クラミジアや子宮頸管が勝手に拡張し始める子宮頸管無力症といった症状が原因として挙げられる。だが、こうした症状はデニコラの患者には当てはまらなかった。頭を悩ませながらも、彼はひとつの結論に至った。猛暑の影響だ。

「早産の原因が猛暑であると証明することはできません。このふたつを結びつけることはかなり難しいのです」と、デニコラは語る。だが、彼の研究によると、暑さが早産を引き起こす可能性はあるという。そして、彼が産婦人科医を務めてきた12年の間で、熱波が到来してきた際に産科の救急受診数が増えることがしばしばあったというのだ。

「倫理的な懸念」によって明かされていない謎
高齢者や子どもたちが熱波に特に弱いことは、医師たちは以前から知っていた。しかし近年は、妊婦とその胎児という新たな人口が加わっている。地球温暖化が進むにつれ暑さが妊娠を妨げ、子宮内の胎児に悪影響を及ぼし、深刻な合併症を引き起こす可能性があるという証拠が増えているのだ。

そしていまも暑い日が続いている。7月3日は世界的に最も暑い日となった。それと同時に、今年の7月は観測史上最も暑い月であることも発表されたのだ。カリフォルニア州のデスバレーは、同じくデスバレーで1913年に観測された観測史上最高気温のひとつである56.7℃よりも数度低い53℃をこのほど観測している。また、アリゾナ州フェニックスの日中の気温は、1カ月間43℃を下回っていない。イランをはじめとするほかの国では、人体が耐えられる限界の温度に熱指数が近づいている。そして、欧州一帯は山火事に見舞われているのだ。

猛暑が妊婦に及ぼす影響を理解するには、考え方を大きく変えなくてはならない。倫理的な懸念から、妊婦たちは暑さが生理機能に及ぼす影響の研究から除外されてきた(このほど発表された研究結果では、家畜が受ける暑さのストレスの影響についての研究のほうが、「経済的な重要性から」はるかに多いということが厳しく指摘されている)。つまり、猛暑と人体の関係性にまつわる知識は、動物を対象とした研究を基にしているということだ。

いまのところ多くの仮説は立てられているが、確固たる結論はあまりない。動物の研究では、陣痛を促す際に重要な役割を果たすホルモンである、オキシトシンの分泌増加を引き起こすことが示されており、これによって、人体で起きている現象を説明できるかもしれない。

もしかすると、猛暑が破水を引き起こし、早すぎる出産につながる可能性がある。あるいは、暑さによる身体への負担が炎症性タンパク質の放出を引き起こし、早産を促しているのかもしれない。ほかにも、暑さによる脱水が原因で、子宮収縮を誘発する脂質であるプロスタグランジンが分泌され、早産になることが考えられる。

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妊婦の場合、身体が大きくなるので、胎児を育てるために必要な代謝に対応できるよう、体温を調節する方法が変化する。このため、体温調節がうまくできず、体内の熱が発散されなくなるのだ。つまり、猛暑になると、妊婦は暑さに対処する能力が低下してしまう可能性がある。

また、もうひとつの仮説として、妊婦が熱によるストレスに見舞われると、体内で熱ショックタンパク質が放出されることが挙げられる。これによって、胎児と母体に有害な生理反応を引き起こす可能性があるのだ。

暑さが及ぼす母体への変化
熱が胎児の発達に及ぼす影響について指摘している研究はいくつかある。なかでも、西アフリカのガンビアで働く92人の妊娠中の農民を追跡調査した22年の研究は特に注目に値する。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のリサーチフェローであるアナ・ボネルが率いたこの研究チームは、暑さのなかで実施する農作業が、妊娠にどのような影響を及ぼすかを解明しようとした。

暑さによるストレスがコルチゾールの分泌を誘発し、胎盤への血流を妨げる可能性があることはボネルは知っていた。このため研究チームは、母体と胎児のストレスレベルを測定することにした。驚くべきことに、気温が1℃上昇するごとに胎児のストレス(心拍数が異常に高くなったり、臍帯の血流が悪くなったりすること)は17%増加していた。最終的に研究チームは、暑さが及ぼす母体への負担は胎児への負担にもつながると結論づけている。

ボネルは、エアコンが効いた建物の中に避難するといった選択肢がない、最も過酷な暑さに晒されている地域で研究することが重要だと感じていた。「気候変動に関連する研究には、計り知れない不平等と気候正義に関する課題があります」と、彼女は語る。「西アフリカは気候変動の影響を最も受けやすい国です。研究の対象として選んだことは正しかったと本当に思います」

胎児への負担は、深刻な結果をもたらす可能性がある。わずかな気温の上昇でも、早産のリスクを高めることが複数の研究から明らかになっている。カリフォルニア州で実施された研究によると、気温が5.6℃上がるごとに、早産のリスクは8.6%高まるという。別の研究結果も、気温の上昇とともに早産のリスクが高まることを示している。

また、複数の研究によって、暑さへの曝露と出生体重の低さは強く結び付いていることが明らかになっている。マサチューセッツ州で実施された22年の研究によると、気温が高い地域で生まれた赤ちゃんの体重は低い傾向にあったという。理由のひとつとして、熱ショックタンパク質が正常なタンパク質の合成を狂わせ、胎児の臓器の発達に大きな損害を及ぼす可能性があるからだと、この論文には記されている。

多くの赤ちゃんにとって、暑さは命取りとなる。ボネルが率いた最近の分析は、暑さへの曝露と死産の関連を調査している。オーストラリア西部で実施された研究によると、妊娠37〜39週目を迎える母体が32℃前後の暑さに晒された場合、死産のリスクは41%高まったという。

また、暑い気候は赤ちゃんの発育にもさまざまな影響を及ぼす可能性がある。気温が高いほど心疾患や二分脊椎、口唇裂といった症状になる割合が高くなることが、21年に発表された研究で明かされている。

また、19年に発表された研究結果は、暑さへの曝露と先天性心疾患を関連づけている既存の研究結果を取り上げ、今後数年の間にそういった症例がどれだけ発生するかを推定した。この論文の著者は、11年間で7,000人の先天性疾患をもった赤ちゃんが、調査した米国の8つの州で生まれると推定している。ボネルによると、暑さによるストレスが、心臓病や糖尿病などの長期的な成人慢性疾患につながる後成的な変化を引き起こす可能性があることを示す、早期兆候が動物の研究によって示されているという。

用意されている策は暑さ対策しかない
米国では、胎児に害が及ぶことであればどのようなことでも、別の懸念を生じさせる。例えば、「ロー対ウェイド事件」の判決が覆ったいまを生きる妊婦たちは、胎児に害を及ぼす行為を取ったとして、罪に問われるリスクが高まっている。受胎したときから胎児に法的権利を認める、胎児を人格として認めている州では特にそうだ。


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「住んでいる州によっては、暑いときに散歩をした、あるいは気温が高すぎるときに屋外で仕事をしたといった理由で、出生に悪影響を及ぼしたことの罪に問われるかもしれません」と、オレゴン州のパシフィック大学で公衆衛生の准教授を務めるアデル・ドラ=モンテブランコは語る。

猛暑と妊娠の合併症に関する研究結果が増えていくにつれ、世界保健機関(WHO)や国連児童基金(UNICEF)といった公衆衛生機関は、猛暑時の警告に妊婦と胎児を含めるようになった。とはいえ、英国など一部の国では、依然として妊婦は含まれていない。

公衆衛生のメッセージのなかに妊婦を含めることは大切だが、医師もまた、安全に過ごす方法に関する十分な情報を患者に提供し続けるよう注力する必要がある。「行動を起こすためには十分な知識が備わっています」と、産婦人科医のデニコラは語る。「完璧な解決策はまだ判明していないとはいえ、妊婦たちにアドバイスをすることはできるのです」

患者たちに水を頻繁に飲み、可能であれば冷えた場所で過ごすように伝えることができると、デニコラは言う。もし家にエアコンがなければ、クーリングセンター(冷房設備が整った米国にあるパブリックスペース。健康状態の監視や病院への紹介も実施している)やショッピングセンター、映画館、あるいは図書館に行くことを推奨する。

妊婦に向けた猛暑時の対応についてのアドバイスがもっと必要であることは、研究結果からも明らかになっている。熱中症に関する妊婦への現在の案内は、「まばらで一貫性がなく、証拠に基づいていない」と、22年に発表された論文は結論づけている。また、妊娠中のどの段階で母体と胎児はリスクに最も晒されることになるのか、あるいは、警戒すべき気温と危険な気温はどう区別すればいいのかといった大きな疑問が依然として残っているのだ。

引用元:
猛暑が妊婦と胎児の健康に悪影響を及ぼしている(WIRED)