日本産科婦人科学会理事長・木村正氏へのインタビュー―Vol. 3
「次なる医療危機に備える」産婦人科編、最終回の第3回は2023年に予想される産婦人科領域の進展について。日本産科婦人科学会理事長の木村正氏(大阪大学大学院産科学婦人科学講座教授)は、生殖医療や婦人科がん領域での大きな進展に期待を寄せた。(聞き手:m3.com編集部・山本暁子、まとめ:メディカルライター・美奈川由紀/2022年12月15日取材、全3回連載)
生殖医療や婦人科がん領域で今後大きく進展
産科婦人科領域における2023年の動向についてお聞かせください。
2022年の大きな変化は、4月から生殖医療(体外受精)が保険収載されたことです。これまで生殖医療は比較的、金銭的余裕のある40歳前後の夫婦が中心でしたが、保険適用になってからは若い方が増えたというのが現場での肌感覚です。年齢が1歳違うだけで妊娠確率は数%変わってくるので、この傾向は良いことだと思います。
この影響で、PGT-AやPGT-SRなどの着床前遺伝学的検査の需要も高まりつつあります。しかし、これらの検査を受けるに当たっては、「体外受精を受けても2回以上成功しなかった夫婦」「妊娠しても流産を2回以上繰り返した不育症の夫婦」といった条件が設けられています。というのも、これらの検査はエビデンスが十分に得られているわけではなく、また検査を受けても必ずしも妊娠できるというわけでもないからです。
PGT-Aは妊娠の確率を高めるために行うものですが、パイロット的に行った研究によると、先述の条件の女性で移植に適した卵が採取できたのは100人中40人で、さらにその卵を子宮に戻した場合に妊娠する割合は6割。つまり、100人中妊娠にまで至るのは24人ということです。不思議なことに、この割合は健康な男女が排卵日直前に性行為を行って妊娠する割合と変わらないのです。つまり、科学の力を用いてお子様を授かりにくい夫婦の妊娠レベルを通常にまで戻しただけということになります。
また、注意しなければならないこととして、着床前遺伝学的検査は保険適用となっていないため、生殖医療補助対象である体外受精を含む全ての医療行為が自費による診療でなければなりません。なぜなら、混合診療となってしまうからです。これらの検査を受けるに当たっては内容を十分に理解してもらう必要があるため、学会が作成した動画を見てもらうことを各クリニックに義務付けています。
2023年は、こういった生殖医療のほかにもがん領域における薬物療法としての分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、がんゲノム医療の進歩が期待されています。遺伝子変異が多い婦人科がんの中でも、特に子宮体がんは免疫チェックポイント阻害薬に有効な遺伝子変異が多く見られるため、治療の選択肢が広がりました。一方、予後が悪かった卵巣がんにおいては長期生存への期待が高まっています。卵巣がんは発見された時点でIII〜IV期のことが多く、これまで5年生存率50%というのが大きな壁となっていましたが、分子標的薬の登場によってその壁を超えるようになりました。今後、婦人科領域におけるがん治療は大きく変化していくものと考えられます。
自身の目標、今後は生命倫理に関わる活動を
ご自身の目標はありますか。
今年6月に日本産科婦人科学会理事長の任期を満了しますが、その後も生命倫理に関わる活動に取り組んでいきたいと考えています。生殖医療や出生前診断というのは特殊な領域になりますが、これまで学会の規定だけで運営してきたという経緯があります。特に生殖医療に関しては生命倫理を抜きに考えることはできないので、今後は産婦人科の医師だけでなく、幅広い分野の方にも参加していただいて、さまざまなルールを決めていかなければならない時期に来ていると考えています。
出生前診断など医学の進歩によって、技術的には妊娠中に胎児の疾患の有無を判別でき、産むか産まないかの選択ができるようになりました。その一方で、それらの疾患を抱えて生きている方には自分を否定されているような気持ちを抱かせてしまっているのも事実です。その辺りについては今後、学会員も交えた、例えば国などが選んだメンバーで構成された組織でルールを作成していただき、そのルールにのっとって、最終的には患者さんと医師の了解の下に判断していく、という流れで進められるとよいと考えています。
妊婦への処方は添付文書以外の視点も重要
日本産科婦人科学会として、臨床医に対する希望などあればお聞かせください。
女性の健康問題というのは、月経に始まり妊娠や出産、更年期やがんをはじめとする女性特有の疾患など多岐にわたっています。臨床医の先生方には、このような背景を持つ女性の立場を尊重した医療を心掛けていただけたらと思っています。
例えば、妊婦への薬の使用に関してはナーバスになっている先生方もいらっしゃると思います。添付文書上の禁忌薬というのは非常に多いわけですが、妊娠中であってもその薬がなければ妊娠を維持できない病態もあり、実際に使用しているケースも少なくありません。妊婦への薬の使用に関して判断する際には、添付文書だけではなく、国際標準としてその薬剤が妊婦に使用されているか、安全性がどの程度証明されているのかという視点が重要になります。
また、月経がある女性で貧血がある場合には、月経の状態についても聞いていただきたい。経血量が多いのか少ないのか問診で聞くだけで判断できますし、患者が月経で困っていることがあれば、ぜひ婦人科に紹介してください。
当学会では女性の健康を守ることを目的とした、「リプロダクティブ・ヘルス普及推進委員会」を立ち上げました。私が理事長になってからのことですが、同委員会が「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルツ/ライツ普及推進宣言」を発出しました。▽わが国および世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルツ/ライツ(SRHR)に関する課題に対して積極的に関わること、▽わが国の社会のジェンダー平等の達成に貢献すること、▽SRHRの侵害を含むジェンダー平等を阻害する課題が提起された場合には専門学会として正面から対応すること――を表明しております。こういった取り組みがこれから定着していくことで、女性にとってより生きやすい社会になっていくのではないかと思っています。
引用元:
今後は若い世代の体外受精推進やがんゲノム医療の進歩に期待【次の医療危機に備える】(m3.com編集部)