◆患者が手術用の糸を用意することも
 イラク北部モスルのアルハンサ病院の敷地内では、爆発や銃弾の痕が残る6階建ての建物が廃虚となっていた。「完成したばかりの小児科病棟だったのに、1度も使うことがないまま戦闘で破壊された」。医師バッサム・アルアッバシさん(52)がいまいましげに建物を見上げる。
 モスルは2014年から約3年間、過激派組織「イスラム国」(IS)に占領され、ISとイラク軍との戦闘や米軍による空爆などで徹底的に破壊された。解放から約5年たつが、医療機関の復興は遅れ、手術用の手袋や消毒液など基本的な医療用品が足りない。アルアッバシさんは「(病院に在庫がなく)患者が手術用の糸を用意せざるを得ないこともある」と苦渋の表情を見せる。
 イラクの人口増加率は毎年3%を超え、モスルでも産婦人科は休む暇がない。分娩ぶんべん室や新生児集中治療室は病院敷地内にあるコンテナトレーラーの中にあり、患者と医療関係者でごった返す。狭いコンテナ内で月1100件の普通分娩と、400件以上の帝王切開手術が行われている。
10月上旬、イラク北部モスルで、過激派組織「イスラム国」(IS)に破壊されたアルハンサ病院の小児科病棟=蜘手美鶴撮影
10月上旬、イラク北部モスルで、過激派組織「イスラム国」(IS)に破壊されたアルハンサ病院の小児科病棟=蜘手美鶴撮影

 小児外科医バッサム・アルハジャールさん(46)は「ここが病院に見える? 工場の敷地内みたいでしょう?」と自嘲気味に話した。小児外科の患者も多く、1日に10件近い手術をこなす日もあるという。
 NPO法人「セイブ・イラクチルドレン・名古屋」理事長の小野万里子さん(68)は10月上旬にモスルを訪れ、アルハジャールさんら日本で研修を受けた医師たちと再会を果たした。IS占領中、一部の医師たちは「患者が必要としているから」と街を脱出せず、攻撃の続くモスルで医療を続けた。アルハジャールさんがインターネット上に「麻酔が足りない」と書き込んだ14年には、小野さんはいてもたってもいられず、薬の購入資金をかき集めてモスル近くまで駆けつけた。

◆女性医師による心エコー診察所開設
 今回の訪問ではうれしいニュースもあった。17年に来日した心臓超音波検査(心エコー)専門医シェイマ・アブドルハーディさん(44)が、女性向けの心エコー診察所を開いていた。
 イラクなど保守的なアラブ諸国では、女性患者や家族が男性医師によるエコー検査を拒否し、病気の発見が遅れるケースが少なくない。「女性が検査を受けやすい環境をつくりたい」。アブドルハーディさんは日本での研修中、指導医らに決意を語っていた。
 診療所では女性患者の心理的負担を軽くするため、検査は完全な個室で行い、エコー画像を見せながら患者に説明する。「やっと女性の医師に出会えた」と喜ばれると、「本当に幸せです」とアブドルハーディさん。診療所でさっそうと働く姿を見て、小野さんは「彼女がやりたいと言っていたことが、見事に結実した。私にできることをこれからも続けていきたい」と目を細めた。(この連載はカイロ支局・蜘手美鶴が担当しました)

引用元:
戦闘で徹底破壊され、医療用品もなく コンテナ内で月1100件の分娩も…奮闘続くイラク・モスルの病院(東京新聞)