日本乳癌学会は、6月30日〜7月2日まで第30回学術総会を神奈川県横浜市で行い、7月1日に患者・市民参画プログラムBC-PAPセッション「乳がんホットトピックス:薬物治療の最前線」を開催した。その中で、「免疫療法(乳がん治療における免疫療法について)」をテーマに、がん研有明病院先端医療開発科部長・がん免疫治療開発部長の北野滋久氏、「がんゲノム医療(乳がん診療における遺伝子検査、コンパニオン診断〜がん遺伝子パネル検査について)」を国立がん研究センター中央病院腫瘍内科医長・国際開発部門国際診療室長の下井辰徳氏が講演した。今回はその内容をレポートする。
PD-L1陽性転移・再発トリプルネガティブ治療に免疫療法を併用
免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法が、乳がんの治療にも活用され始めている。「従来からある抗がん剤や分子標的薬が、がん細胞を破壊・攻撃する治療であるのに対し、免疫療法は、私たちの体に備わっている免疫細胞を利用してがんを制御する治療法です」と北野氏は説明した。
近年の研究で、自分と異物(非自己)を見分ける検問所の役割を果たす免疫チェックポイントで、がん細胞が巧みにCTLA-4、PD-1などの分子と結びついて免疫細胞のT細胞のスイッチをオフにし、がん細胞を攻撃させないようにしていることが分かってきた。その仕組みを利用したのが、抗CTLA-4抗体薬、抗PD-1抗体薬、抗PD-L1抗体薬といった免疫チェックポイント阻害薬だ。免疫チェックポイント分子に蓋をして、T細胞のスイッチがオフにならないようにし、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにする。
「従来の抗がん剤や分子標的薬は、どこかで効かなくなってしまうのですが、免疫チェックポイント阻害薬は、皮膚悪性腫瘍の一種の悪性黒色腫、肺がん、腎細胞がんなどでは、投与されてから5~10年経っても効果が持続している人がいます。しかも、副作用や経済的な事情などによって途中で薬の投与を止めた人でも、ずっと効いている人が一部に出てきました。そういう方が年々増えてきているため、免疫療法が多くの患者さんに恩恵を与えていると言える時代になってきたわけです」と北野氏。
乳がん治療では、転移・再発トリプルネガティブ乳がんのうち、PD-L1陽性の患者に対する初回治療として、従来の標準化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を併用することで生存期間の延長効果が認められ、保険適用になっている。具体的には、抗PD-L1抗体薬のアテゾリズマブとナブパクリタキセル、あるいは、抗PD-L1ペムブロリズマブと化学療法(カルボプラチン+ゲムシタビン、パクリタキセル、ナブパクリタキセルのいずれか)の併用療法だ。
ただ、免疫チェックポイント阻害薬では、ほとんど副作用が出ない人もいる一方で、腸炎、甲状腺機能障害、1型糖尿病、下垂体障害、肝障害、薬剤性肺炎など、体のどこに出るのか予測がつかない免疫関連有害事象が出ることには注意が必要だ。
「生まれてくる段階で体のどこかの部位(臓器)に対する自己抗原を認識できるリンパ球が残っていると、チェックポイント阻害薬の投与が引き金になって、その部位を障害する可能性があります。特に、下垂体不全、副腎不全、糖尿病といった内分泌障害による患者さんの自覚症状は体がだるいなどといった漠然とした症状なので、医療者側が検査をしないと確定診断がつきません。早期発見をすれば重症化しにくい傾向がありますので、一定の注意が必要です。免疫関連有害事象は多領域に渡るので、幅広いネットワークを持っている医療チームによる治療を受けることが大切です」と北野氏は強調した。
さらに北野氏は、科学的に有効性が証明されていない未承認の免疫療法を行う高額な自由診療の医療機関での治療には、慎重になるべきと注意を促した。どの治療を受けるか迷ったら、担当医などに相談する他、国立がん研究センターのがん情報サービスなどから情報を得たり、臨床試験(治験)を実施している医師にセカンドオピニオンを求めたり、がん診療連携拠点病院の相談支援センターで相談する方法もある。
一方、保険診療による免疫チェックポイント阻害薬による治療は、今後、手術可能なトリプルネガティブ乳がんの患者にも広がる可能性がある。高リスクの早期トリプルネガティブ乳がんの患者の術前に、従来の化学療法にペムブロリズマブを併用すると、64.8%(化学療法単独では51.2%)は手術時に腫瘍がなくなり、無増悪生存期間もプラセボ群より長かった。
「トリプルネガティブ以外でも、早期試験として、HER2陰性転移性乳がんに対する ニボルマブ+ベバシズマブ+パクリタキセル併用療法の第II相試験(WJOG9917B - NEWBEAT試験)において、高い奏効割合を認めたという結果が報告されています。さらに、ホルモン受容体陽性HER2陰性進行再発乳がんに対するパクリタキセル+ベバシズマブ+アテゾリズマブのランダム化比較第V相試験(JCOG1919E)が現在進行中です。我々もより多くの乳がん患者さんに、効果の高い新しい治療を届けたいとの思いで、毎日頑張っています」と北野氏は話した。
薬の効果予測や耐性の早期発見など乳がんでも活用が広がるゲノム医療
続いて、「乳がん診療における遺伝子検査、コンパニオン診断〜がん遺伝子パネル検査について」講演した下井氏は、まず、ゲノムと遺伝子について説明した。「ゲノムは人の体の設計図です。その中の一部に『遺伝子』と呼ばれるたんぱく質を作るための重要なページがあります。さらに遺伝子の中に、『エクソン』という重要な記載のある領域があります」。
ゲノムや遺伝子の変化には2つのパターンがある。1つは、その人自身が持って生まれた体の体質の違いをみる生殖細胞系列の変化、もう1つは、がんそのものの病気の異常について調べる体細胞系列の変化だ。がんの増殖、発生に関わっている遺伝子を「ドライバ―遺伝子」と呼び、それを標的にした分子標的薬の開発が進んでいる。
「乳がん領域でも、BRCAという遺伝子を調べたり、HER2陽性乳がんかどうかを診断したり、再発リスクや術後抗がん剤の追加効果をみるオンコタイプDxなどに、がんゲノム医療が使われています」(下井氏)。
BRCA遺伝子変異は、もともと体質的に持っている人がいる生殖細胞系列の遺伝子の変化だ。ステージIIかIIIのHER2陰性でBRCA1/2遺伝子変異のある乳がん(ホルモン受容体陽性またはトリプルネガティブ)の患者に、術後の補助療法としてPARP阻害薬のオラパリブまたはプラセボ(偽薬)300mgを1日2回投与(ホルモン受容体陽性の場合にはホルモン療法を併用)を追加してその効果を比較したOlympiA試験の結果では、オラパリブ投与群の方が3年時点での再発しない確率(無浸潤疾患生存割合)が8ポイント高かった。さらに、オリパリブ投与群の方がプラセボ群より3%くらい4年全生存率が高かったこともあり、日本でも術後補助療法への適応拡大が了承された。
すでにHER2陰性BRCA陽性の転移・再発乳がんに対しては、他の抗がん薬を使うよりオラパリブを使ったほうが無増悪生存期間が長いということで、保険適用になっている。
「ホルモン療法の耐性を調べる目的でも、遺伝子検査のメリットがありそうだということが分かってきました」と下井氏。ホルモン受容体陽性の転移・再発乳がんの初回治療でアロマターゼ阻害薬にCDK4/6阻害薬パルボシクリブを併用する際、血液検査を定期的に行い、内分泌療法耐性遺伝子のESR1遺伝子変異が陽性になった場合、ホルモン療法をフルベストラントに切り替えると、乳がんの病気の勢いを抑えた状態を維持できる期間が長くなるという臨床試験の結果が2021年12月に発表されたのだ。ただし、ESR1遺伝子の検査は2022年8月現在未承認であり、今後、日本の乳がん治療への応用が期待される。
「他にも、ホルモン受容体陽性HER2陰性の転移・再発乳がんで、PIK3CA遺伝子変異を有する場合には、通常のホルモン療法に、PIK3CAに関係するタンパクを抑えるアルぺリシブ(2022年8月現在未承認)を追加すると、病気を抑えられる無増悪生存期間が長かったことが分かっています。国内でも使えるように臨床試験が進んでいるところです」と下井氏は話した。
特殊な遺伝子異常、腫瘍遺伝子変異量の検査で治療選択肢が増える可能性も
一方、がん種に関係なく、同じ遺伝子異常のある固形がんをターゲットにした薬の開発も行われている。その1つが、NTRK融合遺伝子に対する薬の開発だ。転移・再発乳がんの組織を調べてNTRK融合遺伝子陽性だった場合には、TRK阻害薬のエヌトレクチニブやラロトレクチニブが治療選択肢になる。ただし、浸潤性乳がんでNTRK融合遺伝子が見つかる確率は0.1%という。
また、「マイクロサテライト不安定検査というのを調べてMSI-High(MSI-H)、あるいは、がん特有の変な遺伝子異常がたくさんあるかをみるTMB(腫瘍遺伝子変異量)検査でTMB-High(TMB-H)と診断された場合には、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブが効くということで保険承認されています。乳がんの患者さんのうちMSI-Hは1.53%、TMB-Hは8%程度の頻度と報告されています」
がん遺伝子パネル検査の恩恵を受けられる患者をどう増やすかが課題
そして、国を挙げてがんゲノム医療が推進される中で、2019年6月から保険適用になったのが、数百の遺伝子異常を1度に調べる「がん遺伝子パネル検査(がんゲノムプロファイリング検査)」だ。2022年7月現在、3種類のがん遺伝子パネル検査が、標準治療がないか終了見込みの固形がんの患者を対象に、保険適用になっている。
がん遺伝子パネル検査が受けられるのは、全国12カ所のがんゲノム医療中核病院、33カ所のがんゲノム医療拠点病院、188カ所のがんゲノム医療連携病院といった233カ所(2022年7月現在)の病院だ(https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp/hospital_list/)。がん遺伝子パネル検査の結果は、専門家会議であるエキスパートパネルで検討され、遺伝子異常に合わせた治療薬の選択や臨床試験への参加が提案される。がん遺伝子パネル検査を依頼してから結果が出るまでには、組織を用いた検査の場合には4〜6週間、血液によるリキッドバイオプシーの場合には3〜4週間かかる。
「がん遺伝子パネル検査の開発段階の研究で、国立がんセンター中央病院で遺伝子パネル検査を受けた方では約6割に何かの薬の提案があったのですが、実際に提案の治療を受けた方は13%でした。保険診療になって全国の病院で実施されるようになってからは、治療を受けられた方は8%という結果が出ています。もう少し治療を受けられる方を増やす仕組みが必要ではないかということが私たち医療者に課せられた課題です」と下井氏は指摘した。
その対策の1つとして、国立がん研究センター中央病院では、エキスパートパネルで信頼度が高い遺伝子異常と薬の組み合わせを保証した場合に、患者申出療養制度を利用して保険適用外の薬を提供する「受け皿試験」を開始している。製薬企業から無償提供が受けられる薬剤の費用に関しては患者の自己負担なしで薬を提供し、治療の有効性と安全性をみる試験だ。2022年7月1日現在、397例の患者をこの試験に登録済みという。
米国では、血液検体でゲノムの異常の有無をみるリキッドバイオプシーが、乳がんの再発をいち早く感知するための道具として研究が進んでいる。
「リキッドバイオプシーは、リアルタイムに今の病気の勢いが分かるのがポイントです。定点的にリキッドバイオプシーで血中循環腫瘍DNAを調べていくと、再発をいち早く見つけることができるかもしれないということで、現在、日本でも乳がんの患者さんを対象にした臨床研究が進んでいるところです。画像で調べるより早く、血液中のDNAで再発の早期発見をして手を打てる時代が来るかもしれません。また、将来的には、転移・再発乳がんに対するがん遺伝子パネル検査を初回治療の前に行えば良いのではないかと思いますが、費用対効果と、個々の分子標的薬に対応したコンパニオン診断薬とがん遺伝子パネル検査の精度が一緒なのかなどといった問題を厚生労働省でも検討しているところです」と下井氏は語った。
BC-PAPセッションの参加者からは、乳がんで遺伝子パネル検査を受けるタイミングと、実際に治療につながっている割合についての質問が出た。
下井氏は、「がん遺伝子パネル検査を行うのは標準治療が終わってから、または終了見込みですので、乳がんでは、2次治療程度が終了見込みのタイミングで検討すると良いのではないでしょうか。あくまで組織の検査が優先で、組織が取れない人にリキッドバイオプシーが保険適用とされています。国立がん研究センター中央病院で、がん遺伝子パネル検査を受けた乳がんの患者さんに関しては、去年までに80人くらいの方が検査を受け、1割ぐらいの方が何らかの治験、臨床研究に参加して治療を受けました。治療の提案に関係した遺伝子としてはBRCA遺伝子、もしくはFGFR遺伝子などです」と回答した。
引用元:
乳がん治療における免疫療法とがんゲノム医療(日経メディカル)