出産の痛みを麻酔で和らげる「無痛分娩(ぶんべん)」が、日本でなかなか広まらない。出産時の負担が少なく産後の回復も早いため、高齢出産や早期に職場復帰したい女性にとってもメリットが大きいのに、実施率は約9%にとどまる。「実施率9割」で知られるフィンランドでは、女性の国会議員たちが立ち上がったことが普及のきっかけになったという。その経験から学べるものはあるか。参院選を機に、現地で暮らす日本人から話を聞いた。

 「陣痛が始まってから麻酔を入れ、痛みを10分の3未満に和らげます。お尻が押される感じやおなかの張りは分かるので、それに合わせていきみます」。6月下旬、京都市の中部産婦人科医院。麻酔科医の山崎ゆかさん(44)が、同院に通う10人の妊婦にオンラインで語りかけた。

 山崎さんは、出産や産後ケアのあり方を話し合ったり妊産婦と支援者をつないだりする市民グループ「みんなで考える産前産後ケアの会(37de35=みんなで産後)」代表でもある。妊婦からは「1人目の出産が痛かったので、次は麻酔を使いたい」「上の子の保育もあるので、体力を温存したい」といった相談が連日寄せられる。日本にはこれまで「おなかを痛めて産んだ子にこそ愛情がわく」という価値観があり、「『痛みを感じた方がいい』と家族に言われたけど、怖い」と打ち明ける妊婦もいるという。

 山崎さんは2009年の長男出産を機に、帝王切開などの産科麻酔を専門にし、14年ごろから無痛分娩を多く手掛けてきた。「痛みを軽くしたい人や体力の消耗を避けたい人が麻酔を使った出産を選べれば、子育てを笑顔で始めやすくなる」と話す。同院での費用は通常の出産に加えて10万円だが、この2年間で希望が倍増して21年は285件扱った。「新型コロナウイルスの感染拡大で里帰りできなかったり友人と交流しづらくなったりで孤立し、出産を不安に思うママが増えている」と理由を分析する。
オンラインでの「母親教室」で、無痛分娩について説明する医師の山崎ゆかさん=京都市伏見区で2022年6月23日、山崎一輝撮影
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オンラインでの「母親教室」で、無痛分娩について説明する医師の山崎ゆかさん=京都市伏見区で2022年6月23日、山崎一輝撮影

 世界保健機関(WHO)は出産時、麻酔による痛みの緩和を推奨している。フランスでは無痛分娩がお産の約65%、米国でも約41%を占める。対する日本は8・6%にとどまる。背景には、欧米のお産が規模の大きい病院に集約されて常駐する麻酔科医が無痛分娩の麻酔にも対応するのに対し、日本では赤ちゃんの半分が規模の小さな診療所で生まれるという事情がある。

 中部産婦人科では常勤の山崎さんと5人の非常勤の麻酔科医がいるが、日本産婦人科医会の調査(17年)では、麻酔科医が麻酔を担当する診療所は約1割にとどまった。多くの産婦人科医が分娩と麻酔の両方を担っているのが実情だが、5年前には重大事故が相次いで表面化した。山崎さんは「麻酔の量や箇所に注意が必要で、急変にも対応するため、産科と麻酔科の両方の知識と経験がいる」と指摘する。

 出産を取り扱う一般病院や診療所で、常勤医自体が年々減っているという課題もある。出産を手掛けた施設の数も、20年までの12年間で全国で24%減った。女性の選択肢を増やすために希望者が誰でも無痛分娩を選べるようにするには、産科医療全体を見渡す議論が必要となるが、国会での議論は低調だ。

 一方、フィンランドではどうか。1991年に現地に渡り、両国の政治と文化の関係を研究する岩竹美加子ヘルシンキ大非常勤教授(66)は、94年の長男出産時に無痛分娩を経験した。

 特別な病院でなくても受けられる一般的な医療になっていて、追加の費用もかからなかったという。日本では産後5〜8日ほどの入院が多いが、岩竹さんは3日で退院。フィンランドの平均的な入院日数も2・7日という。

 岩竹さんによると、フィンランドでは70年代、出産時の痛みの緩和を求める声が新聞の投書などで増えた。77年には国会議員の約25%を占めた女性全員が、国会での議論を要求。当時の社会保健相も女性で、国会に特別委員会が設けられた。

 麻酔の普及を公約に掲げて当選した麻酔科医の女性議員を中心に議論された。麻酔科の大学教授を増やして研究を進め、85年の国会で普及のための予算が付いた。2019年にはお産の約8割(経膣(けいちつ)分娩に限ると約93%)が無痛分娩だった。

 「もともと政治との距離が近いうえに、女性議員も多かった。あらゆる分野でウェルビーイング(心身の幸福)を重視する国で、その観点からも『医療で軽減できる苦痛は当然緩和すべきだ』という考えは比較的スムーズに受け入れられ、環境整備が進んだ」と岩竹さんは解説する。

 フィンランドでは、出産は主に大きな公立病院が担い、妊婦健診や産後ケアは徒歩や自転車で通える「ネウボラ」と呼ばれる施設で子育てのプロが担う。出産は集約化され、出産前後のケアが進むなど、日本との医療体制の違いはある。それでも岩竹さんは「日本でも女性が声を上げ、政治が解決してほしい。女性の政治家の少なさも含めて、少しずつ変わってほしい」と期待を寄せる。

 参院選前に閉会した国会では、女性議員から無痛分娩の普及促進について質問が出たが、岸田文雄首相は「希望する方が安心して受けられるよう環境整備に取り組みたい」などと語るにとどまった。一方、参院選では、女性の立候補者が国政選挙で初めて3割を超えた。議論が進展するきっかけになるだろうか。【林田七恵】

引用元:
広がらない無痛分娩 実施率9割のフィンランドにヒントはあるか(毎日新聞)