「空飛ぶ救命室」とも称され、救急現場では欠かすことのできなくなったドクターヘリ。本州で最も広い面積を誇る県内では2012年5月に運航が開始されてから10年を迎えた。これまでの成果や課題を振り返る。
「第一報で軽傷と言われても、現場に行けばそうでないこともある。患者の容体を決めつけず、要請があればいつでも出動します」
矢巾町の岩手医大付属病院に設置された県高度救命救急センター長を3月まで務め、運航開始当初からヘリに搭乗する岩手医大の井上義博名誉教授(66)はそう力を込める。紺色のユニホームに身を包み、胸ポケットには、県内各地の消防からの出動要請の知らせが入る無線機を常に入れている。当番の日は時間のかかる手術などは行わず、院内で待機。要請が入れば5分以内に看護師らと同病院の敷地内にあるヘリ基地から飛び立つ。
ドクターヘリの利点は、現場にいち早く医師や看護師が到着し、治療を始められることだ。基地がある矢巾町から県内で最も遠い久慈市や陸前高田市まで約30分で到着し、同大付属病院や県内の各病院への搬送を決める。ヘリには人工呼吸器などの機材が積まれ、井上名誉教授は「ヘリによる搬送は、救命率の向上だけでなく、後遺症の軽減にもつながる」と効果を語る。
ドクターヘリは1995年の阪神大震災を機に全国で導入が始まった。2007年に「ドクターヘリ特別措置法」が施行され、国の交付金制度が整ったのを背景に、県は08年から本格的に検討を開始。全国で35機目、東北では4番目となる12年5月に運航を開始した。東日本大震災には間に合わなかったものの、導入から今年3月末までの出動回数は3737回。多い日は1日に5回ほど出動する日もあるという。
ヘリの搬送では多くの命が救われた。例えば、陸前高田市で電柱に車で衝突し、肺挫傷などで呼吸の状態が悪化した50歳代男性。元日だったため、県立大船渡病院では対応が困難で、ヘリで救急センターへ搬送した。また、久慈市で車の正面衝突を起こし、県立久慈病院で緊急手術が行われた70歳代女性は胸部からの出血が止まらなかったが、ヘリでセンターに運び、止血に成功。双方ともにヘリで搬送しなければ命を失っていた可能性があった。
県沿岸部や山間部では特にヘリの恩恵は大きい。久慈広域連合消防本部消防課の古馬丈裕消防係長(48)は「山間部の集落では三陸沿岸道路を使っても、救急車での搬送には時間がかかる。また、救急車でできる処置は限られるが、専門医が搭乗するヘリは病院がまるごと移動するようなものなので、適切な処置を素早く行える」と語る。
多くの人命救助に貢献したこともあり、県は4月からドクターヘリで緊急の治療が必要な未熟児や新生児の搬送も始めた。各県立病院などから高度な治療が行える同大付属病院に搬送する。ヘリには小児科医も乗り込み、専用の保育器も搭載。5月末時点でまだ出動の実績はないが、県医療政策室の担当者は「新生児のヘリ搬送は小児科医から要望の声が上がっていた。県民の安心・安全な医療提供につなげたい」と期待する。
井上名誉教授は「誰かが倒れていたときに、命を救える医師になりたいと思い救命医を目指した。今後も万全の態勢を整えて対応に当たりたい」と語る。10年を迎え、ヘリの重要性はますます増している。
引用元:
ドクターヘリ運航10年 迅速な搬送で命つなぐ…新生児も対応(讀賣新聞)