「乳児に罪なし」 蓮田院長に聞く

「内密出産」とは、予期せぬ妊娠をした女性が病院にだけ身元を明かして出産し、後に子どもが望めば出自を知ることができる仕組みをいう。日本では法制化されていないが、熊本市の慈恵病院が2019年12月に導入を表明し、21年12月、内密出産を希望した西日本在住の10代女性が出産した。

 今年2月、参考人として出席した参院予算委員会で内密出産の実情を赤裸々に明かした蓮田健(はすだ・たけし)同病院長は「乳児には罪も責任もない。社会が乳児のために協力する空気が醸成されればいい」と法制化へ期待を示す。蓮田氏にこれまでの取り組みや今後の課題を聞いた。(時事通信政治部 堀内誠太)



 ―病院での内密出産の仕組みは。

 内密出産とは、ドイツで事例が多くみられる制度だ。予期せず望まない妊娠をした女性が「妊娠葛藤相談所」に相談する。さまざまな選択肢を提示した上で、なお秘密裏に出産を希望した場合、(自治体や民間団体の)相談員一人のみが母親の身元情報を運転免許証などで確認し、封をする。

 身元情報は相談員しか知らず、病院関係者や行政、裁判所も「仮名」で女性を扱う。生まれた子どもの出自情報は、本人が16歳になった時点で開示も可能だが、母親が難色を示した場合は裁判所が判断するシステムだ。


 それをまねようとしたが、日本では当初行政から協力が得られなかった。目的は「病院で安全に出産してもらうこと」で、母子の保護。それができればいいと判断し、慈恵病院に相談した人で誰にも知られずに出産したい人がいた場合は、病院で母親を保護し、陣痛が来たら出産する。退院する直前に、院内で相談員を務める私の妻に身分証明書を託す。

 今回の事例では、出産した女性は未成年で免許証などもなく、高校時代の写真付き学生証、健康保険証をそれぞれをコピーし、封をして、病院の金庫で保管している。

 くだんの女性は、子どもが18歳になれば(自分が生みの親であることを)開示してもいい、ゆくゆくは特別養子縁組をしてほしいと言っている。地元の児童相談所は乳児を保護して、乳児院で育てている。将来、養子縁組の手続きに入るのではないか。

 ―相談員でもある院長の妻の役割は。

 病院では(親元での育児が難しい乳幼児を匿名で預かる)「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を運営している。行政との取り決めでゆりかごだけを運営するのではなく、相談窓口を設置することになっている。昨年、全国から年間600件程度相談を受けており、相談員を束ねるトップを務めている。


 ―身元情報管理の難しさとは。

 個人情報の取り扱いに関しては、既にゆりかごで159人の乳幼児を預かった。預けに来た母親がその場を立ち去れず、身元情報を明かすケースがある。そのようなケースの情報も管理・保管している。われわれからすると特別なことではない。

 その一方で病院関係者に顔すら見せたくない母親もいる。赤ちゃんを預けて走って去り、姿すら見せない。それに比べて、内密出産は病院で出産するため、職員に自身の顔をさらす。

乳児の遺棄・殺人防ぐ
 ―「子どもの出自を知る権利」をどう担保するか懸念もある。

 内密出産は、一人で出産する「孤立出産」を回避するためにある。内密出産であれば、病院で医療関係者が立ち会いの下で出産できる。


 一方、ゆりかごの場合、孤立出産が少なくない。出自を知る権利について知るよしもないという子どもも少なくない。そもそも母親の身元が全く分からず、誰も分からないからだ。



 われわれは出自を知る権利のために内密出産を始めたわけではない。母子の安全な出産・出生を確保するために始めた。

 内密出産とゆりかごはともに、乳児の遺棄・殺人を防ぐことが目的だ。個人の考えだが、出自を知る権利については、一定の欠落があることを社会で容認しなければ、事件の防止にはならない。

 日本では1年間に約85万人が生まれ、約15万人は人工妊娠中絶される。年間100万件の妊娠が確認されるが、事件になるのは20件程度。単純に言えば、100万分の20を何とかしたいということだ。

 20件は氷山の一角かもしれず、年間100件程度が事件すれすれかもしれない。年間100万件の妊娠に対し、100件を防止したいとなれば、1万分の1については、出自を知ることができないハンディキャップを社会が容認しないと先に進まない。


 ―病院へ駆け込むのはどんな人か。

 高校を卒業してある程度自由になる。秘密で出産したい人は19歳や20代前半が多い。もう一つの共通点は、本人や親も気付かない程度の知的・発達障害があったり、被虐待歴があったりする人、家族との関係が希薄な人も多い。一般家庭の背景と異なるため、「頑張れ」と言っても、頑張る環境にもない人たちだ。



 ―現在の仕組みに不安は。

 陣痛が来て、緊急で帝王切開する場合、通常、家族の同意書を取る。家族に知らせずに最悪亡くなった場合、どう責任を問われるか不安が残る。

 経済面では、母親の名前が出せず健康保険を適用できないため、出産や妊婦健診の費用は病院負担だ。ドイツでは内密出産に関する法律で、経済面も含めて、母子や関係者が守られると規定されている。法的なよりどころがあった方がいい。


 ―出生届の親の欄に記載せず提出すれば、刑法の公正証書原本不実記載罪に抵触するかも課題だ。

 昨年、内密出産により乳児が生まれることで現実問題となったため、今年1月に熊本地方法務局に質問状を出した。母親が名前を書かずに、病院が代理として出生届を出してもよいか聞いた。回答は「法務省の管轄ではなく、警察が個々の事例で判断する」。

 そもそも出生届が何のためにあるのか。出生した日時や場所が分かれば、戸籍はつくれるそうだ。出生届にはあまり意味がないと分かった。乳児のためには戸籍ができればよいと割り切り、出生届を出さない方針を決めた。

乳児のため社会が協力
 ―今後の課題は。

 ドイツのように法律がある国と比べ、内密出産のシステム自体脆弱(ぜいじゃく)だ。それゆえ、関係者が右往左往し、場当たり的に行動せざるを得ない。社会的コンセンサスを広く得て、現行法の枠内でガイドラインをつくる必要がある。


 今回、内密出産は好意的に受け止められた。第一例が親から虐待され、交際相手から暴力を受け孤立した未成年で「かわいそうな女の子と乳児」と報道された面も大きい。

 今後、内密出産を目指す女性は不倫や売春のケースもあり得る。そういった母親の責任を糾弾されかねない場合、社会が許容できるかどうか。

 内密出産では、そもそも乳児の無事な出生と健やかな発育を願っている。乳児には罪も責任もなく、生命を授かったいきさつが不倫や売春などでも、社会が乳児の将来のために協力しようという空気が醸成されればいい。


 ―国に求めたいことは。

 法整備ははるか先の話だろう。内密出産は本来生んだ母親が育てるべき子どもを育児放棄しているとの見方もできる。育児放棄にお墨付きを与えると思われる議員もいるかもしれない。明治以来、伝統的な家族観を理想とする保守派は少なくない。


 先の国会で法務省は刑法の規定を引用し、「犯罪は成立しない」と答弁した。内密出産に対し、「今の日本ではお墨付きを与えられないが、ひっそりとやる分には母子のために協力しよう」ということだ。官僚や政治家の良心だ。今年半ばには次の内密出産となり得る相談を受けている。遅滞なく、ガイドラインづくりにお力添えをほしい。

(2022年4月8日掲載)

引用元:
国内初の内密出産、慈恵病院の試み【政界Web】(JIJI.COm)