女性特有の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックだが、今やその言葉が内包する領域は幅広い。

 健康課題だけでなく、生理、更年期、妊娠出産、セクシュアルウェルネス、婦人科疾患、メンタルヘルスなど、女性がたどる人生のあらゆる領域の課題解決が含まれている。

 言葉の定義は様々だが、とりわけ健康課題の解決をうたうプロダクトやサービスが増えていく中で連携が必要になるのは医療機関ではないだろうか。

 女性の健康と向き合う医師は、フェムテックの広がりに何を感じるのか。フェムテックが医療を変える可能性、そして懸念点について、産婦人科専門医の重見大介氏に話を聞いた。

まず医師としてフェムテックをどのように捉えていますか?

 狭義のフェムテックは、女性の健康課題の解決だと思いますが、現在は女性のQOL(Quality Of Life:生活の質)向上や快適さも含めてフェムテックと呼ばれています。

 私としては、フェムテックは大きく分けると、健康課題を直接解決するものと、不快感を取り除く周辺サービスがあり、そこを切り分けて考える方がいいと思っています。

 健康課題を解決する、健康に直結するとうたうサービスに関しては、本当に効果があるのか、副作用などデメリットはないのか、費用対効果はどうかという、医療と同じ枠組みで考えていく必要があるでしょう。

 一方で、生活を便利にするような「快適さ」に付随するものは、最低限の品質をクリアしていれば使いたい人次第なので分けて考えるようにしています。

フェムテックが医療にもたらす可能性をどのように感じていますか?

 とても期待しています。これまで医療という枠組みではアプローチできなかった部分に、新しいアイデアやテクノロジーでアプローチし、解決できる可能性があると感じているからです。

 例えば、月経周期などバイタルデータの管理。紙などによる原始的な方法による記録の手間を省くだけでなく、今後は各サービスやデータが医療にどうつながっていくのか、期待しています。

 また、症状に対する診断や処置は医療機関の専門分野ですが、受診するほどではなく、不安や疑問について情報収集したいというニーズもあります。このような医療機関にかかる前後をサポートすることもできます。

医療機関で行う処置自体を変えるような可能性もありますか?

 例えば、海外では子宮の入り口をスマートフォンで撮影すると、クラウド上で何万ものデータと見比べ、細胞や組織の採取なしで子宮頸(けい)部の異常を判断できるサービスなどが出てきています。

 通常、子宮頸がんの検査は、細胞診という子宮頸部の表面を擦る検査で子宮頸部に異常があるかどうかをチェックし、異常がありそうな場合は、組織を2〜3ミリ採取して顕微鏡で重症度を判断する必要があります。

 しかし、このサービスが高性能ならば、痛い思いをして組織を削られる必要もないですし、組織を採取する際のヒューマンエラーも解消できる可能性があります。これが可能になれば、検査・診断を劇的に変えるかもしれません。

医療行為自体が変わる可能性もある。どのようなサービスに注目していますか?

 医師としては、エビデンスをしっかりと出しているサービスに注目しています。日本の厚生労働省と同じような機関として、米国にはFDA(米食品医薬品局)があり、安全性や有効性を審査していますが、スウェーデンの月経管理アプリ「Natural Cycles」は、FDAに避妊アプリとして認可されました。

 月経周期や排卵周期をアプリで把握し、データ化することで、ユーザーの月経周期を把握し避妊可能な時期を見極めるというものです。

 本来、私たち医師は、特定の時期は妊娠しないだろうという「避妊期間」や「安全日」というものに頼る避妊法は、妊娠しない保証がないため推奨していません。きちんとした避妊を行う必要があると主張しています。

 しかし、FDA認証を経て、90%台後半という高精度で避妊ができると示されたデータがあり、その期間も正しく分かるなら、新たな避妊法として活用できるかもしれない。それはとても画期的なことです。

エビデンスでいうと、公的な機関での認可には時間がかかります。スタートアップなどは、時間的な余裕や体力がないことも多いですよね。

 承認まで5年以上かかることも多いのが現状です。フェムテックではありませんが、国内のスタートアップで、最も高いレベルで認可まで進めた一例がニコチン依存症治療アプリや高血圧治療アプリなどを手がけているCureAppです。彼らのプロダクトは、治療用アプリとして日本で初めて保険適用されました。

 彼らも5年以上かけ、出資を受けながら膨大なデータを基にエビデンスを積み上げ、承認につなげました。おそらくこの形が一番高いレベルでの承認です。ですが、各社がこれを目指すとは限らないですし、サービス内容によっては、ここまでのレベルは必要ないかもしれません。

 ただ、自分たちが提供しているサービスが健康に直結するという認識を持ち、それを売っていく意思があるならば、売りっぱなしではなく、何かしらのデータは示してほしい。効果をうたい、健康課題を解決できるというのであれば、その言葉に対する責任としてデータを示し続ける必要があります。

 今後、医師がフェムテック業界に造詣を深めれば深めるほど、「エビデンスはどうなっているの?」と危惧する場面が増えるでしょう。

 極端な話、医療業界でフェムテックサービスを起点とした問題が多発すると、専門学会や医学界が、何かしらの規制をかけようと働きかける可能性もあります。それはお互いにとって良いことではありません。

 例えば、サービスを始めるときから検証用データを取れるような設計を考えてほしいのです。

検証の設計にあたり、医療関係者と事業会社との連携は進んでいるのでしょうか?

 医師による監修や大学などとの共同研究開発も数年前よりはだいぶ増えてきています。しかし、まだ両者には認識のギャップがあります。

 事業会社側は、お金も時間もかかるため検証は省いたほうが楽だと思ったり、大学や医師側は、研究につながる内容かどうかまだ信用できないから協力を面倒だと感じたりすることもあるでしょう。

 しかし、フェムテック業界の歩みが止まることはないと思っています。今後、医療はフェムテックとは切っても切れない関係になるはずです。

 そうすると、この先、医師もフェムテックを全く知らないままに過ごすことはできない。早くからお互いに学びあう姿勢が大事になります。

自宅でできるような検査キットなども出てきています。医療機関の代わりになっていくこともあるのでしょうか?

 医療機関と同じクオリティーの検査を自分でできるのはいいことだと思いますが、まだその状況にはないと思っています。例えば、病院と同じ精度で診断できるとうたっていても、検体を自分で採取するのと、医師が採取するのとが本当に同じ精度かという疑問もあります。

 医師が検査をするのは、薬を出すのか、入院を勧めるのかといった、次のアクションを決めるためです。検査には費用もかかり、針を刺すなど痛みを伴うこともある。ですが、それが重要な決定の判断材料になるのです。

 だからこそ、簡単な検査で結果が分かっても、次のアクションにつながらなかったり、余計な不安をただ抱えてしまうだけだったりするわけです。自己責任で病院へ行ってねとなると患者の行動が止まってしまいます。

 フェムテックは、医療を補完できるものだと思っています。だからこそ連携が必要です。

国内の医療業界はまだまだ慎重なイメージです。連携が進むにはどのような施策が必要でしょうか?

 英国政府は、「the FemTech roundtable」というフェムテックの言葉を用いた会議を開きました。英国は医療費を全て税金で賄っているため費用対効果に厳しく、国主導で有識者を集め、フェムテックの適切な広がり方や効果について議論しています。

 米国でも産婦人科の専門学会が、フェムテックに専門家集団としてきちんとアプローチすることを声明として明記しています。

 国内では今年、経済産業省がフェムテックの実証事業へ補助金を出すとして公募を行いました。助成金を出す条件として、事業者に効果検証を約束させるのは、意味があることだと考えています。

 このように採択の条件を「データ検証と公的な発表」としていけば、最初から研究者や医師に入ってもらう枠組みが自然とできていくのではないでしょうか。

一方、国内におけるフェムテック拡大の障壁となるのが国民皆保険だといわれています。

 日本の医療制度の特徴として、まず国民は皆保険に入っており、基本的には誰でも1〜3割の医療費負担で済みます。また、医療機関へのアクセスもよく、ほとんどの場合いつ、どこの医療機関に行っても受診できます。

 米国では、医療にかかるには非常にお金がかかり、保険が通るかも分からない。そうすると、必然的に病気にならないよう健康維持や予防に気を使います。

 日本は、国の制度が良すぎるために、ちょっと困ったら病院に行けばいいし、薬をもらえばいいという意識が働いてしまう。

 産婦人科領域で言えば、妊婦健診や産後健診の費用の一部は国が出しているため、わざわざ自分で医療や健康にお金を出す発想や習慣があまりありません。

 すごくいいフェムテックサービスがあっても、毎月5000円かかりますと言われると「それなら、使わない」となりやすい文化ではあります。

 私自身もオンライン医療相談のサービスを展開していますが、コンシューマー向けのサービスは難しいと実感しました。相談対応のためにドクターなど専門職の時間を確保する必要があるのに、ユーザーへのヒアリングでは払えて1回100円などと言われてしまうからです。

 ビジネスとしては成り立ちにくく、経済状況にかかわらず多くの方に使っていただきたいので、現在は企業や自治体向けのモデルで展開しています。

 日本の医療制度のいい点がフェムテックにおいては裏目に出つつあるわけです。

この状況を打破するにはどのような方法があると考えられますか?

 国が予防や健康増進に補助金を出したり、インセンティブをつけたりすることが重要になります。実際、国も医療費が限界以上に膨らんでいるため、全てを医療費で賄うのは現実的ではないと考えているのではないでしょうか。

 そうすると、民間企業を含めて予防を促すための枠組みが必要になってくる。少しずつ変わるのではと期待しています。

インフラを整えていく必要もありそうですね。

 健康課題に直結するサービスが医療保険適用外の自費のサービス中心となると、お金がある人はいくらでも使え、お金がない人がほとんど使えない状況になってしまう。そうすると、経済格差が健康格差につながりかねない。そこは医師として、とても心配しています。

引用元:
医者はフェムテックをどう見ている?(日経ビジネス)