ここ数年で、おなかの赤ちゃんの染色体を調べる「出生前検査」や、体外受精した受精卵の染色体や遺伝子について調べる「着床前検査」について、見解の改訂などの動きがみられます。今回は、染色体を調べる着床前検査について、当事者だけでなく医療者にも知ってもらいたい内容について、解説します。横浜市大病院遺伝子診療科の浜之上はるかさんのアピタルコラム「おなかの中の命を見つめて」です。

着床前検査は大きく二つ
 着床前検査は、体外受精させた受精卵について、子宮に戻す(胚(はい)移植)前の段階で遺伝情報を評価する技術のことで、1990年に世界で初めて妊娠例が報告されました。

 日本でも、98年に学会から見解が出され、厳しい審査のもと、ごく限られたカップルにだけに実施されてきました。

 みなさんは着床前検査をどう思いますか?

 着床前検査は目的によって三つに分けられますが、大きく分けると二つです。

 一つ目は、PGT-Mです。特定の遺伝性疾患の子を授かる可能性のある場合、受精卵の遺伝子検査をして、その上でその病気を発症しないと思われる受精卵を選んで胚移植するものです。

 二つ目はPGT-SRとPGT-A。染色体のある一部、あるいは染色体全体を調べ、欠けていたり重複したりしていない受精卵を選んで胚移植するものです。

 今回は、PGT-SRとPGT-Aについて主に解説します。

不妊の割合、加齢で増加
 妊娠しづらさをお持ちの方(不妊)の割合は、20代では11人に1人(8・9%)ですが、40代では3〜4人に1人(28・9%)です。

 もちろん不妊の原因は男女ともにあるわけですが、女性の加齢が妊娠しづらさに大きく影響することも事実です。

 40歳くらいまでは自然妊娠可能な割合の方が多いですが、40歳を超えると自然妊娠では授からない割合の方が高くなっています。社会的にも晩婚化などにより子どもを望む女性の年齢は高くなっていて、不妊治療を経た妊娠もいまや珍しくはありません。2019年の報告では、体外受精によって誕生した子どもは14人に1人です。

 また、流産や死産、早期新生児死亡を繰り返す「不育症」の方は16人に1人と言われています。通常、妊娠確認後に約15%は流産に至りますが、この頻度も妊娠女性の年齢による影響を受けます。40代での妊娠は半数近くが流産してしまいます。

 女性の加齢に伴う不妊や流産の増加は、受精卵における染色体の変化が関与していることが分かっています。染色体に変化のある受精卵は着床しにくく流産しやすいので、加齢によってその頻度が増えれば、不妊や不育に悩むことも増えるということです。

 このような背景から、難治性の不妊の方、不育の方に対して着床前検査が効果的な治療ではないかと考えられ始めています。

 PGT-SRですが、夫婦のいずれかが特定の染色体の変化を持っていると、流産や死産、早期新生児死亡を繰り返すことがあります。授かる子に、その染色体部分で量的なアンバランスが生じやすいからです。

 妊娠の機会が多くあれば最終的に元気なお子さんを育てられる可能性(生児獲得率)は7割くらいと言われています。しかし、精神的にも肉体的にも時間的にも負担の大きい流産を何度か、もしくは何度も経験するかもしれません。

 そのような場合には、あらかじめ染色体の評価をしてバランスが保たれている受精卵を妊娠に用いることで流産率を低下させることができます。

 複数回の遺伝カウンセリングや、実施施設と日本産科婦人科学会(日産婦)での審査が求められます。しかし現在は、PGT-SR症例も後述するPGT-A特別臨床研究として実施可能な状況です。

検査の目的は流産率の低下
 一方、PGT-Aについては現在の見解で認められた技術ではなく、日産婦主導の特別臨床研究としてのみ実施が認められています。

 前に述べたとおり、流産は特別な妊婦さんにだけ生じるものではなく誰にでも起こりえることです。妊娠したことのある女性の4割が経験していて、その多くに染色体に変化が見つかります。

 そのため、不妊や不育の方に対して、あらかじめ受精卵の染色体検査をして、その情報も移植胚の選定に用いようという試みです。遺伝カウンセリングや学会での審査は必須ではなく、研究参加施設で対象と判断されれば通常の体外受精と同様のステップで実施可能です。胚移植1回ごとの流産率は確かに低下することが示されています。

 これらの技術はメリットがある一方、自然に授かることができるカップルであっても体外受精が必要なこと、実施までにとても時間や手間がかかること、お金もかかること、その上でなかなか移植できる受精卵に出会えないかもしれないこと、一度の胚移植で妊娠・出産に至るのは半分以下なので、結局何度も繰り返すかもしれないこと、こうした問題点を理解しておく必要もあります。

 それ以外にもさまざまな課題があります。検査には目的がありますが、「目的に合うか合わないか」とか、「厳密に対象かどうか」について、あいまいな部分があります。

 もちろん、「100%正確」というわけでもないですし、そもそも「検査によって希望通りの赤ちゃんに巡り合えるかどうか」も分かりません。

 PGT-Aでは、受精卵の染色体情報によっては移植胚・非移植胚と明確に分けられないこともあり、どの受精卵を胚移植するか悩ましいケースもあります。

 当然ですが、分かるのは検査に使った細胞の染色体情報であり、検査に使っていない細胞の染色体情報は分かりません。検査結果が実際の赤ちゃんの状況を完全に反映しているわけではありません(モザイクと言います)。

 それから、ときどき問題視されるのが、PGT-Aで移植不適合の受精卵の中には、ダウン症候群などが含まれます。

 ダウン症候群は出生し成育する可能性のある染色体疾患の一つですが、流産率が高いこともよく知られており、流産回避目的であれば胚移植の優先順位は低くせざるを得ないからです。

 PGT-Aが普及すれば、ダウン症候群などの一部の染色体疾患も排除される結果となる側面があります。つまり、障害児の排除を直接的な目的にはしていなくても、結果的には一部の障害の可能性のある胚は選ばれないということになるのです。これが、いわゆる「優生思想」につながるのではと心配する声もあります。

医療者の不用意な一言、見直して
 これらの技術は、不妊や不育について切実に悩むカップルにとって必要な検査かもしれません。一方で、抵抗感のある内容かもしれませんし、そうやすやすと決められないと迷われる方もいるかもしれません。

 それぞれがご自身の置かれた状況を理解し、挙児について向き合う中でその方らしい選択をすることが重要だと考えています。そのために、従事する医療者が正しく理解していることと、カップルに分かりやすく情報提供することが大事にされるべきだと思っています。

 ところが実際には、PGT-Aで妊娠が成立した方に、「検査精度は100%ではないので、羊水検査をお薦めします」などと説明されることがあります。

 確かに誤診などもありえるので検査精度が100%でないことは伝えておくべきですが、出生前検査は当然のように薦められるものなのでしょうか?

 前にご説明したとおり、PGT-Aは流産率低下が主な目的だと考えれば、その延長や確認に出生前検査が提案されることに、私は違和感を感じます。

 PGT-Aに従事する医療者が混同しているか、または、本来の目的以上の意味合いを意識しているのではと考えてしまいます。

 もちろん、PGT-Aとその後妊娠した場合の出生前検査を、それぞれ独立して希望されることもあります。それを否定するつもりはありません。

 ただ、医療者から当然のように羊水検査を提案されれば、不安をかかえているはずの多くの妊婦さんは必要なのだと思い込むでしょう。医療者からの不用意な一言がきっかけで出生前検査が実施されるのではなく、あくまで当事者の自然なニーズに従い実施されるのが本来ではないでしょうか。

 来春から、標準的な体外受精は保険適用となる見込みです。従来、体外受精では、移植胚での妊娠成績を上げるために卵子、精子、受精卵をとても丁寧に管理しています。

 PGT-Aは現段階で保険診療の範疇(はんちゅう)とは認められていませんが、受精卵の質の評価手段の一つとして多く活用される日がくるのかもしれません。

 新しい技術が、ある方にとって希望につながることを歓迎したいです。しかし、それを扱う医療者がこの新しい技術について俯瞰(ふかん)できていてほしいです。正しい目的で実施し、その内容を正しく患者さんに伝えていくという姿勢が伴って欲しいと強く感じています。(浜之上はるか)

引用元:
着床前検査への希望と背後にある課題 検査の目的を見失わないように(朝日新聞デジタル)