遺伝性の指定難病の第1子を生後1日目に亡くした長野県の30代女性が、群馬県高崎市内の医療機関で実施した着床前診断により選別した体外受精卵で、第2子を今春出産したことが分かった。出生児に異常は認められなかった。女性と夫は「常染色体劣性多発性嚢胞腎(のうほうじん)」と呼ばれる難病の疾患遺伝子の保因者で、自然妊娠では4分の1の確率でこの難病を患う子が生まれる可能性があった。この難病に関して、着床前診断を経て出産するのは国内初だという。

 着床前診断を実施した、不妊治療専門のセキールレディースクリニック(同市)が明らかにした。経過は15、16日に開かれる日本受精着床学会総会・学術講演会で発表する。

 クリニックによると、この難病は、腎疾患や高血圧、肝臓の線維化を引き起こす。患者の過半数は新生児期に症状が出て、出生直後の死亡例も多い。疾患の原因となる遺伝子は分かっているが、根本的な治療法はない。

 第1子の死後、臍帯血(さいたいけつ)や血液の遺伝子診断の結果から、女性と夫が疾患遺伝子の保因者であることが判明した。

 夫婦はその後、クリニックの遺伝カウンセリング外来を受診。クリニックは夫婦と話し合い、重い遺伝性疾患に対する着床前診断「PGT-M」を実施すると決め、約1年2カ月をかけて日本産科婦人科学会(日産婦)の承認を得た。藤田医科大(愛知県)に解析を依頼した。

 体外受精卵のうち、診断できる胚盤胞まで育った5個について調べた。4個は正常で、1個はこの難病にかかっていた。4個の正常胚のうち1個を、子宮へ移植した。妊婦健診、超音波検査のいずれでも、第2子に異常はなく、帝王切開で出産した。

 女性はクリニックに、第1子が小さな産声を上げて間もなく夫の腕の中で死亡したときの思いや、「4分の1」を避けるために着床前診断を受けることに迷いはなかったことなどをメッセージとして寄せた。費用面などの大変さや、着床前診断に倫理的な議論がある点にも触れた上で「もう少し間口が広がり、私のような選択ができる人が増えることを願う」と結んだ。

クリニックの関守利院長はこの難病の患者数が少ないことも踏まえ、「遺伝子診断の意義は大きい」と説明する。「妊娠中絶を回避して、健児を得るという観点からも、着床前診断は検討すべき方法だ」とした。

 クリニックは、2019年12月に日産婦から研究分担施設の認可を経て、20年2月から着床前診断を始めた。21年5月末までに、計70人(平均年齢40.7歳)の212例について着床前診断を実施した。このうち現在までに34例を子宮に移植し、今回の女性を含めた16人が妊娠したという。

 日産婦が15年に公表した資料では、PGT-Mの対象疾患は「デュシェンヌ型筋ジストロフィー症」など約20種類で、実施件数は120件。その後、実施件数は急速に増えているとみられる。(五十嵐啓介)

 【着床前診断】体外受精させた受精卵から一部の細胞を取り出し、特定の病気などに関わる異常を調べる検査。3種類あり、このうち重い遺伝性の病気が子どもに伝わらないように調べるのが「PGT-M」で、日産婦が1例ずつ厳格な倫理審査をする。日産婦は6月、検査の対象疾患を、成人後に発症する病気にも広げると発表した。一方で「命の選別につながる」との懸念も根強い。
新たな選択肢実証 藤田医科大総合医科学研究所・分子遺伝学研究部門の倉橋浩樹教授の話

 PGT-Mは、日本国内で始まってから20年たつが、5年ほど前から技術が飛躍的に高まり、さまざまな疾患が解析できるようになった。今回の症例は、これまでなら子を諦めたり、出生前診断のような妊娠後の検査で遺伝子異常を調べたりしなければならなかった人たちに、新たな選択肢ができたということを実証している。着床前に分かれば当事者の心身の負担は低減する。こうした検査が、地方で実現したことの意義も大きい。

引用元:
難病の嚢胞腎 遺伝子保因で国内初 着床前診断経て出産 高崎の医療機関(上毛新聞)