経口中絶薬」が年内にも国内で初めて承認申請される。英国の製薬会社「ラインファーマ」が妊娠9週までの18〜45歳の女性120人に対して治験を行い、93.3%にあたる112人の24時間以内の中絶が確認できた。しかし、ほかの8人は、一部が体内に残り外科的な処置が必要になったり、時間内に排出されなかった。また、59.2%の71人が下腹部痛や嘔吐などの症状があり、45人が薬の副作用と判断されたという(うち1人は出血による貧血などがあり、「中等度」の副作用)。

この結果から、日本人に対して有効性と安全性が認められたというが、37.5%の治験者に副作用をもたらす薬が本当に「安全」なのか。なぜ今、経口中絶薬が承認されようとしているのか。産婦人科医・医学博士(東京慈恵会医科大学大学院修了)であり「イーク表参道」副院長の高尾美穂医師に聞いた。



存在を知らない人がほとんど
 治験に使用されたのは、「ミフェプリストン」と「ミソプロストール」の2種類の薬だ。経口中絶薬は世界の多くの国で認可・承認され、すでに使用されているが、日本では2004年、個人輸入した中絶薬で健康被害が報告され、個人輸入が制限されている。2018年には、宮城県の20代の女性が今回治験に使われた2種の薬をインターネットで入手し、痙攣や大量出血を起こす「事件」も起きた。それを機に厚生労働省や医師らが、経口中絶薬への危険性を注意喚起していた。だが、ここに来て承認申請されることに、多くの人は「なぜ」と思うかもしれない。

「確かに4月の学会で、経口中絶薬についての詳細な報告があり、私も『急だな』とは思いましたが、水面下では承認を望む声が一部から出ていました。以前から外来にいらした外国人の患者さんに、『(中絶の)飲み薬はありませんか』とは言われていましたから。自国で使われているので、日本でも処方されるだろうと思ったのでしょう。ただし、日本で中絶する際には手術以外の選択肢はないので、日本人には『ほかに方法はないんですか』と聞かれることはあっても、経口中絶薬について注意喚起された内容はもちろん、経口中絶薬の存在を知らない人がほとんどです」

 中絶率が高い北欧や東欧では、内服の中絶薬がよく使用されているが、日本では2010年代初めに20万件近くあった中絶手術の件数が、19年度には15万6430件に減っている。他国と比較しても、日本は中絶率が高くはない。中絶の多さから求められているわけでもなさそうだ。

「実はミフェプリストンとミソプロストールという2つの薬は、WHO(世界保健機関)が『安全で効果的なもの』として推奨しています。この薬を順番に使って、胎児を包んだ胎嚢を体の外に出す、要するに中絶することができれば手術をしなくて済む、ということが世界的にファーストチョイスになっています。安全に使用すれば、この薬は体への負担が相対的に少ないのは確か。2剤を使用後に大量出血した症例も報告されていますが、それは子宮穿孔などが起こる可能性のある手術も同じです。

 例えば避妊方法でも、経皮的なシールやインジェクション(自己注射による避妊)、インプラント(皮下に小さな器具を埋め込む)は、世界では使用されていますが、日本では使用されていません。緊急避妊薬も含めて、女性の健康を守るため、また選択肢を増やすために、安全に使用できる薬が他の国で承認されているのならば、日本でも使用できるようになった方がいい。世界水準に近づく必要はあると思っています」


注意が必要なのは子宮外妊娠
 どのように使用するものなのだろうか。

「ミフェプリストンを最初に服用します。これは妊娠を継続させるプロゲステロン(黄体ホルモン)の働きをブロックするもので、次に服用するミソプロストールで子宮の収縮を起こさせ、胎児を外に出します。ちなみに、ミソプロストールはサイトテックという製品名で、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療でも使われています。以前、悪知恵の働く人が、女性に飲ませて流産させようとする事件を起こしたこともありました。

 これまで発表された論文では、経口中絶薬だけではうまくいかず、手術が必要になるケースが17%、輸血が必要になるほどの大出血が起こるケースが3%というデータが出ています。もっとも注意が必要なのは、子宮外妊娠の場合です。子宮外妊娠を念頭に置くことなく、妊娠検査薬で陽性反応が出たからと言って安易にこの中絶薬を飲むと、手術や輸血が必要なほどの腹腔内出血を起こしてしまうケースが想定されます。子宮外妊娠は、産婦人科医が何度も検査をして、ようやく診断がつくこともあるもの。こういったケースがあるので、体への負担は少ないとはいえ、自己判断で使用するのはやはり危険です。

 ただ、それでも医師のきちんとした診断の下で処方、使用すれば、多くの人に有効です。腹痛や吐き気といった副作用も、人工的に陣痛を起こさせて、正常な妊娠を終了させるのだから、ある程度、想定内のことです」



トラウマになりかねない
 しかし、これから「承認」はされても、薬をどう扱うのか、価格設定はどうするのかなど、ルール作りは必要だと指摘する。

「私たちの立場で言えば、産婦人科医は外科医なので、飲み薬を処方するよりも自分の手で処置をすることの方が、正直、安心感はあります。内服薬を処方しただけだと、それを飲んでくれているのか、2つ目の薬を飲むまでの時間を守ってくれているのか、確認するのは難しいですから。

 この経口中絶薬の場合、妊娠初期であれば、入院しなくても自宅で薬を飲むことで胎児を外に出すことができるわけです。ただ、中絶がうまくいった場合、これまで産婦人科医が手術をして処置していた内膜と胎芽を、本人が目にしてしまう。多くの人が相当動揺するのではと危惧しています。妊娠の時期によって量は変わりますが、かなり大きな血の塊のようなものですので。また、手術で処置した初期の赤ちゃんたちを、私たちは感染性の物質として処分しています。それが自宅で出した場合、生ゴミとして捨てるのか、トイレで流れてしまうのか……、いずれにせよ自分で処理するならトラウマになりかねません。

 価格帯は海外では1000〜2000円のようですが、日本では中絶は自費扱いです。中絶手術代が妊娠初期で10〜15万円であることを考えると、そこまで安価になる可能性は低いのではないかと思っています。

 そもそも日本ほど手厚い保険で治療を受けられる、しかも自分で医者や病院を選択して治療を受けることができる国はほとんどありません。簡単に病院を受診できない国においては、ドラッグストアなどでさまざまな薬品が簡単に購入できる代わりに、自己責任が求められるわけです。

 さらに、保険適用ではない自費での治療はそれぞれの病院で価格設定ができるので、サービスのグレードによって値段も自由に決められています。ですから日本で、経口中絶薬が使用される際には、ただ処方するだけではなく、入院を促して看護・管理的な部分を含めてまあまあ高額な価格設定をする病院もあるかもしれません」

 それでも高尾医師は「女性にとってマイナスではない」と言い切る。

「日本は女性のヘルスケア全体が、世界から遅れています。選択肢が増えるという意義はとても大きく、経口中絶薬も女性のヘルスケアのうちのひとつと捉えるべきでしょう」



引用元:
「経口中絶薬」が日本で初の承認へ 副作用は?価格は?産婦人科医に聞いた(Yahoo!ニュース)