「あれ、人が少ない?」。徳島県の産婦人科の待合室。2020年8月に第3子を身ごもったことが分かり、健診に訪れた岡崎尚美さん(31)=同県石井町=は周囲を見ながらふと感じた。今までの妊娠時と同じ産院だったが、以前は妊婦の人数がもっと多かったと思ったからだ。各部屋の入り口には消毒用アルコールが置かれ、誰もがソーシャルディスタンス(社会的距離)をとって座り、静か。随所に、新型コロナウイルスの影響が表れていた。

 妊娠が分かったのは39度ほどの発熱だった。徳島では、20年8月に入ってからほぼ毎日、数人単位でコロナ感染者を確認。岡崎さんに心当たりはなかったが高熱ゆえに「コロナでは」と警戒した。病院に行くと取り越し苦労だったが、帰宅後も気持ち悪さが消えず、試しに妊娠検査薬を使うと陽性だった。

 これまで、長女(4)と長男(1)はともに実家がある愛媛で出産していた。コロナの感染拡大以降、全国的に県境をまたいだ移動の自粛を求められた時期もあり「妊娠したころはあまり思わなかったけど、感染者が急増した年末年始とか徐々にコロナの不安は募っていた」。ただ、何より2人の子どもの世話を考え、里帰り出産を決意。愛媛、徳島両県ともに1日当たりのコロナ感染者が数人程度だった3月上旬に、大きなおなかを抱えて帰省した。
 最初の2週間は、出産する松山市の産婦人科の指示で自宅待機。解除後に初めて健診に行った時には、健康チェック表を受け取り、日々の体温や健康状況を書き続けた。「分かってはいたけど、コロナで今までとはかなり違っていた」
 一番つらかったのは、夫と会えないこと。コロナの感染状況を踏まえた産院の方針で、県外在住者は愛媛に2週間滞在した後でなければ付き添いなどができない。それが出産予定日の前後1カ月は続くため、徳島で仕事がある夫と会うことは難しい。4月初旬は毎日テレビ電話をしていたが、長女は通話が終わるたびに泣いた。

 出産予定日が近づいた4月上旬、思いがけない判断を迫られた。PCR検査だ。予定日の2週間前から無料で受けられるが、もし陽性なら、コロナ対応の病院への転院が必要。そこに助産師がいなければ、どんな状態でも帝王切開する可能性がある。もちろん、出産後は母子分離だ。
 コロナのクラスター(感染者集団)が発生していた市内の繁華街には行っておらず、発熱などの症状もない。ただ、経路不明の感染もある。無症状の可能性はゼロではない。検査を受けたものの不安を抱え続け、翌日の「陰性でした」との連絡に心からほっとした。

出産・入院中も様変わり

 出産も今までとは大きく違った。以前は、母親や夫が付き添ってくれたが、今回は分娩(ぶんべん)室に1人だけ。「私は3人目だけど、初産だったら心細いはず」。マスクを着用しての出産は、息苦しさよりも痛みの方が強く、思っていたより気にならなかった。3人目は、元気な女の子だった。

 入院中もコロナの影響が随所にあった。PCR検査は陰性だったが、病室を出る時は常にマスク。楽しみにしていた産後のマッサージもなかった。前回は毎日していた面会も全くできず、家族がパジャマなどの荷物を持ち込む回数も少なくするよう言われた。何より入院中の5日間、子どもと会えず、心苦しかった。

わが子に会えた喜び

いつも出産に立ち会ってくれた夫が子どもと会えたのは1カ月健診が終わった5月下旬。ようやくわが子と触れ合えた夫の「小さいなあ」と言う、うれしそうな表情は忘れられない。

 今後も、3児の母としての悩みは尽きない。生後2カ月から次女の予防接種が始まるが、コロナの影響で小児科などに行けるのはひとり。長男は保育園などの一時預かりを利用しようかと考えるが「なかなか入れないと聞く。どうしたらいいんだろう」。

 そんな母の悩みはつゆ知らず、生後1カ月ちょっとの次女は気持ちよさそうに眠る。時折、泣き声を上げて、岡崎さんの指をきゅっと握りしめる。「コロナは目に見えんけん不安もあったけど、生まれてきてくれてよかった」。思わず顔がほころんだ。

(竹下世成)

引用元:
第1、2子と違う出産環境 県外の夫と2カ月会えず(愛媛新聞)