女性差別の中で達成した日本初の偉業
楠本イネ

 1827年の今日(5月31日)、シーボルトの娘にあたる産科医・楠本イネ(くすもと・いね、1827-1903)が誕生しました。

 シーボルトは19世紀にオランダから来日し、私塾・鳴滝塾を開き西洋の知識をもたらした人物です。彼がお抱えの遊女・たきとの間にもうけた子供が楠本イネででした。しかしイネの誕生の翌年1828年、彼の収集物の中に持ち出しが禁じられていた日本地図があったため、幕府から国外追放を命じられてしまいました。

 イネは父のいない身となりながら、シーボルト門下の弟子たちから医学やオランダ語の知識を身につけてすくすくと成長し、長崎伝習所でオランダ人医師・ポンペらから西洋医学を学びました。

 女性や混血児、未婚の母への差別を受けながらも、文明開花後の1869年には東京に移り住んで築地に産科を開業しました。その後、イネの医学技術の高さが認められ、皇居にも出入りするまでになったのです。

引用元:
日本人女性で初めて西洋医学を学んだ産科医・楠本イネをご存じですか?(現代ビジネス)