不安やストレスによる悪影響が心配されたが

前回に引き続き、ビッグデータからわかった新型コロナウイルスの影響について話していきたいと思います。

 新型コロナウイルス感染症の流行は、社会に大きな影響を与えました。現在、感染拡大開始から1年以上が過ぎ、変異株の流行、繰り返される緊急事態宣言、ワクチン接種の遅れなど、暗くなるニュースばかりですが、一方で、前回お話ししたように、小児の感染症やけがをはじめとする入院が減るなど、皆さんの感染対策によって良い面が表れたことも確かです。

 ここでは、もう一つ、新型コロナウイルス感染症流行の、初めの頃に起こった興味深い現象をご紹介します。

 新型コロナウイルスが流行し始めた当初、未知のウイルスの流行だったために、医師の間では、妊産婦さんや生まれてくる赤ちゃんに悪い影響が出るのではないか、という危惧がありました。

 2016年に、リオデジャネイロオリンピックが行われたブラジルで、「ジカ熱」という感染症が流行しました。新生児の「小頭症(頭が小さく生まれてくる病気)」の危険性などが心配され、WHO(世界保健機関)が緊急事態を宣言したことを覚えている人もいるかもしれません。

 そういうわけで、新型コロナウイルスも同様の影響を引き起こすのではないかと危ぶまれたのです。

 未曽有のパンデミックを前に、妊産婦のみなさんが感じる不安や強いストレスが、お母さんや生まれてくる子どもに悪い影響を与えてしまうのではないかとも、心配されていました。特に、早産、低出生体重(小さく生まれてくること)、死産、などの赤ちゃんへの影響が非常に大きく心配されました。

 しかし、感染拡大から数か月たって、デンマークやオランダ、アイルランドから出てきた初期の報告は、なんと、逆の傾向を示していたのです。たとえばアイルランドでは、2020年1〜4月にとても小さく生まれてくる赤ちゃんの数が、過去19年間と比べ、73%減少したとのことでした。

34週未満の早産が30%減少 先進各国でも同様の傾向

 では、日本は、どうだったのでしょうか?

 私たちは、全国270以上の大規模病院から集めた入院データを分析しています。これは全国の入院の14%程度を占めるとても大規模なデータです。この入院データを使って、私たちは低出生体重の子どもの数が新型コロナウイルス流行初期にどのように変化したのかを、英国小児科学会の専門誌に報告しました(文献1)。

その結果、2020年3〜4月に、妊娠34〜36週で生まれてきた赤ちゃんの数は15%減少しており、さらに妊娠34週より前に生まれてきた赤ちゃんの数は約30%も減少していたことがわかりました。

 妊娠34週より前の出産は、赤ちゃんの肺組織が未熟なため、生まれてくる赤ちゃんが自分で呼吸できない可能性が高い時期として知られています(新生児呼吸窮迫症候群)。この時期の早産が減少したことは、赤ちゃんにとって、とても良いことでした。私たちのデータでは死産の数は評価できませんでしたが、生まれた直後に呼吸をしていなかった赤ちゃんに行う治療(新生児仮死蘇生術)の件数は60%以上減少していました。

低所得国では逆に増加も 貧しい医療体制が背景の可能性

新型コロナウイルス感染症の流行に伴う、外出自粛や先行き不安から、出生数自体が、減ったのではないかと思われる方もいるかもしれません。ただ、昨年の3〜4月の出産であれば、妊娠した時期は新型コロナ流行前ですから、この出生数の減少の影響は受けていないはずです。実際、帝王切開手術の件数は、対象とした病院群ではほとんど変わりませんでした。

 このテーマは世界中で興味を集め、その後、「そのような傾向はあった」「なかった」という様々な報告が、海外の有名な医学雑誌に発表されました。今年の3月には、それら複数の研究を集めて(大部分が2020年夏頃までのデータを用いています)分析した研究が発表され、そこでは、日本を含む高所得国では9%程度、37週以前に生まれた赤ちゃんの数が減少した、という結果でした(文献2)。

 低中所得国を含めた分析では、減少傾向は見られませんでした。低中所得国では、新型コロナウイルス感染症の流行によって、もともと脆弱(ぜいじゃく)な医療体制がさらに影響を受け、適切な母体のケアが受けられなかったからかもしれません、実際、低所得国の一部では、逆に早産や死産が増加していました。

より安心・安全なお産のために示唆するもの

なぜ、このような減少が起こったのでしょうか?

 理由は今後の研究の課題ですが、コロナ以外の感染症の減少によって早産の原因となる母体の感染症が減ったことや、リモートワークの普及で、立ち仕事や仕事の精神的ストレスなどの早産のリスクが減ったことなどが考えられています。

 もともと、早産の原因が、医学的に全て明らかになっているわけではありません。コロナ下における今回の研究結果が、それを理解する一助になると考えています。

 いずれにせよ、新型コロナウイルスの流行が、予期せぬ「良い」方向で、赤ちゃんとお母さんの健康に影響を与えていたことは、母体と赤ちゃんの健康をどう守るかを考える上で、今後の教訓となると思います。

 例えば、妊娠後期のお母さんはリモートワークを選びやすくしたり、休み(もちろん有給で)を取りやすくしたりすることが考えられます。もちろん、妊娠期の医療機関へのアクセスも重要です。

 さらなる詳細な研究を積み重ねることで、赤ちゃんとお母さんを守るためにはどうすればよいのかが、明らかになっていくと考えています。(宮脇敦士)

文献1. Maeda Y et al. (2020) Trends in intensive neonatal care during the COVID-19 outbreak in Japan. Archives of Disease in Childhood – Fetal and Neonatal Edition.

文献2. Chmielewska B et al. (2021) Effects of the COVID-19 pandemic on maternal and perinatal outcomes: a systematic review and meta-analysis The Lancet Global Health.

引用元:
新型コロナ流行下で赤ちゃんや母親への予期せぬ「良い」影響とは(ヨミドクター)