男性不妊症患者に朗報だ。東邦大学医学部泌尿器科学講座の小林秀行准教授らの研究チームが世界で初めて、無精子症患者の精巣内の状況をAI(人工知能)で自動的に病理診断させるモデルを開発した。その論文が英科学誌「Scientific Reports」(5月10日付電子版)に掲載され、正診率は80%以上という。現在、日本の病理専門医数は2620人(2020年11月2日時点)。多くはがん専門で、精巣を診断できる病理医はほとんどいない。そのため、男性不妊症患者が病理検査を受けても結果を受け取るまで1カ月以上かかり、患者の精神的負担だけでなく男性不妊症治療が普及しない一因となっていた。開発した小林准教授に話を聞いた。

 WHO(世界保健機関)によると不妊症の原因は女性側のみ41%、男性側のみ24%、男女の双方24%、原因不明11%で、約半数は男性にも原因があるとされている。

 男性の不妊症の原因の8割は精子を正常に作ることができない造精機能障害で、精巣内で元気な精子を作る機能が低下していると考えられている。その最も重篤な病態が無精子症だ。

「無精子症には精巣で精子は作られるものの、その通り道が何らかの原因で閉塞しているものを閉塞性(OA)と呼び、全体の20%を占めます。通り道に問題はないが精子がほぼ作られていないものが非閉塞性(NOA)で、こちらは全体の80%といわれています」

 治療は局所あるいは全身麻酔による精巣内精子採取術(TESE)を行う。OA患者は陰嚢を皮膚切開して精巣の白膜を切り開き、その組織の一部を採取する。一方、NOA患者は精巣の白膜を大きく開いて手術用顕微鏡で精巣内をくまなく探索して精子を採取する。前者は日帰り手術、後者は入院手術が一般的だが、小林准教授が所属する東邦大学医療センター大森病院リプロダクションセンターではどちらも日帰り手術で行っている。

「問題は、こうして苦労して採取した精巣内の組織を診断する病理医が不足していて、診断までに1カ月以上かかることです。なかには病理医がいない地域もあり、男性不妊症治療の普及の大きな障壁になっています」

 病理医は採取した組織片を観察し「Johnsen score」と呼ばれる精巣内での精子への分化を数値化する指標を用いて、精巣内の状態を把握する。

「このスコアは、約50年前に発表され、今も世界中で使用されています。スコアは1〜10点に分かれ、点数が上がるほど精子への分化が進んでいることを示し、8点以上で精子が確認できます」

 点数は1点(細胞成分が認められない)、2点(精祖細胞が認められずセルトリ細胞のみ)、3点(精祖細胞のみ)、4点(精母細胞5〜10個)、5点(精母細胞多数)、6点(精子細胞5〜10個)、7点(精子細胞多数)、8点(精子5〜10匹)、9点(精子多数も精細胞配列が不規則)、10点(精子多数)となっている。

 ОA患者は、精子が採取される割合は高く、8点以上の特徴を示す。NOA患者は、精子採取の割合は低く、主に、1〜3点を示すことが多い傾向にあるという。

■正診率は80%以上

 今回、小林准教授の研究グループは、2010年1月から19年12月までに東邦大学医療センター大森病院リプロダクションセンターを受診した患者で、ОAまたはNOAでTESEを施行した264症例の病理標本を対象に合計7155枚の病理写真を撮影。4群(1〜3点=ラベル1、4〜5点=ラベル2、6〜7点=ラベル3、8〜10点=ラベル4)に分けた。そのうえで機械学習の専門知識がなくても独自の画像認識モデル作成、検証ができるGoogle Cloud「AutoML Vision」を利用し、男性不妊症患者の精巣内の状況を自動的にAI病理診断させるモデルを完成した。

 この時点での正診率は82・6%だったが、スコアを判断する部位を切り抜いた加工画像9822枚を用いたところ、正診率は99・5%に跳ね上がったという。

「最初の正診率が80%台に留まったのは、ラベル2と3の判断が難しかったからです。精母細胞が多数いる場合に精子細胞が紛れ込んでいる例が複数あり、スコアの5点と6点の判断が正しく行えなかったからです」

 この研究は男性不妊症治療にどう役立つのか。

「これまで熟練した病理専門医が行っていたJohnsen scoreを自動化できたことで、病理医不足からTESEに尻込みしていた施設でも、積極的に手掛けるキッカケになるでしょう。それが男性不妊症治療の普及につながることを期待しています。すぐに病理医に取って代わることはできませんが、病理医の診断の手助けになるはずです。また、このシステムが完成すれば、患者さんは1カ月以上、検査結果を待つことの精神的苦痛から解放されます」

 日本の出生率低下に歯止めをかける武器になるかもしれない。

引用元:
無精子症のAI病理診断 男性不妊症治療の普及につながるか(日刊ゲンダイ ヘルスケア)