生まれたばかりの赤ちゃんの口の中に虫歯の原因となる虫歯菌は存在しない−。子育て世代の家庭は赤ちゃんを虫歯から守ろうと日夜、努力している。静岡県立大短期大学部の仲井雪絵教授=小児歯科=が「最小限の努力で最大限の効果」として提唱しているのは「マイナス1歳」から始める虫歯予防。鍵を握るのは天然甘味料「キシリトール」という。



 ■キシリトール 活用が鍵

 「子どもの虫歯はもっと減らせる」。仲井教授がこう強調するのには、理由がある。

 虫歯は、虫歯菌の感染と、食事や歯磨きなど生活習慣が絡み合って発症する。虫歯は感染症でありながら、生活習慣病でもある。国内では、おやつのキシリトールの効果食べ方や歯磨きの指導など、生活習慣病としての予防対策が中心だ。一方で、感染症としての予防対策はほぼ手付かず。感染症対策にもっと力を注ぐと、子どもの虫歯の一層の減少が見込める上、家族の「健口」にもつながるという。

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 子どもの虫歯予防は虫歯菌の感染(伝播[でんぱ])予防から始まる。感染源となる可能性が高いのが一緒に生活している家族(特に母親)。食べ物をかんで与えたり、スプーンなど食具を共有したりして感染させてしまう。このため、@家族の虫歯菌を減少させるA食具を共有しないB子どもに砂糖を与えるのを控える−ことが妊婦健診や乳児健診で指導されてきた。

 しかし、親世代から子世代への虫歯菌感染は脈々と続いている。指導を受けて努力してきた家庭でも1歳を過ぎた頃から、食具を共有したり、ぐずった時に甘い物を与えたりしてしまう。母親が細心の注意を払っても祖父母が実践できないケースもある。

 仲井教授は母校でもある前任校の岡山大で小児歯科の臨床と研究に明け暮れる中、成果が上がらない時は「障壁は何か」「理論が間違っているのか」「実践が困難なのか」「もっと良い方法は」とさまざまな視点から原因を問い直してきた。

 泣いて暴れて虫歯治療ができない患児を紹介されると、泣かせることなく治療すると同時に、「治療以上に予防が大切」と痛感した。既存の感染予防策について「人の意志は弱い。たとえ理論は正しくても多大な労力を要すれば、継続するのは困難」と判断。「最小限の努力で最大限の効果が期待できる、『ラク』な方法を提供しよう」と奮い立った。

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 注目したのがキシリトールだ。岡山大大学院博士課程修了後の1997年から3年間留学した米ワシントン大で、世界水準の研究者に師事したのがきっかけ。97年は厚生省(現厚生労働省)がキシリトールを食品添加物として認可した年でもある。

 2003年から5年間、岡山県内の産婦人科医院の協力で、妊婦を対象に感染予防の研究をした。妊娠6カ月から出産後9カ月までの13カ月間、キシリトール入りのガムを毎日かむグループとかまないグループの虫歯菌の数を調査。子どもは虫歯菌の検出率を2歳になるまで追跡した。毎日かんだグループは自身の虫歯菌が減少し、子どもの虫歯菌検出率はかまなかったグループの子どもより有意に少なかった。

 母親がキシリトール入りのガムを習慣的にかむと、自身の虫歯菌が減り、赤ちゃんは虫歯菌に感染しにくくなる−。研究成果は10年に世界的に権威のある学術雑誌に掲載され、翌年には著書「『マイナス1歳』からはじめるむし歯予防」(オーラルケア社)を刊行、啓発活動の一端を担う。

 「母親だけではなく家族全員が感染源になり得る。『マイナス1歳』からの虫歯予防とは、家族一人一人が自分の口の健康を目指すことから始める団体戦」と仲井教授。「虫歯予防を『ラク』に継続するための補助としてキシリトールを活用してほしい。1粒で2度おいしい成果がある。そして家族単位を地域単位に拡大し、日本を子どもの虫歯が世界一少ない国にしたい」と力を込めた。



 ■定着しやすい菌 はがれやすく

 キシリトールはなぜ虫歯菌感染を予防するのか。通常、虫歯菌は口の中に侵入した後、砂糖をエサとして取り込むと、不溶性グルカンというネバネバした物質をつくって歯の表面に強く付着し、定着しやすくなる。

 ところが、キシリトールを取り込んだ虫歯菌はネバネバした物質をつくることができない。つまり虫歯菌は歯の表面からはがれやすく、定着しにくい。やがて死滅し、数も減少する。

 主たる感染源である母親がキシリトール入りのガムを習慣的にかみ、口の中の虫歯菌を「はがれやすい善玉菌」にしておけば、それが子どもの口の中に侵入しても定着しにくく、感染予防となる。

 虫歯予防として有効なのは1日3回以上かむこととキシリトールの1日合計量が5〜10グラムとなるガムという。



 ■静岡市独自、9カ月児にも指導

 全国の市町村は乳幼児と妊産婦を対象に母子歯科保健活動に取り組んでいる。

 静岡市を例に見ると、母子保健法に基づく1歳6カ月児と3歳児の各歯科健診は一般健診と同時に実施し、歯科医師が歯の健康状態を確認する。妊婦歯科健診は任意だが、妊婦の歯周病が早産や低体重児のリスクを高めることを鑑みて、市内協力歯科医院での受診を勧めている。受診料は無料。マタニティー教室では、乳歯や虫歯発症の仕組み、妊婦自身の歯磨きの大切さを解説するなど歯科保健指導をする。

 加えて市独自で「9カ月児歯の教室」を開いている。家庭では子どもが1歳を過ぎると甘い菓子を与え始める傾向があるため、1歳6カ月児歯科健診の前に砂糖の摂取を控えたり、かかりつけの歯科医師を持ったりするよう呼び掛ける必要があるとの判断だ。

 第1子蒼[あおい]ちゃんを育てる同市駿河区の主婦千国麻衣さん(28)は「虫歯ができてはかわいそう。乳歯はまだ生えていないけれど、生えてから知識を得ても遅いと思い、参加した」と話す。妊娠中に自身の虫歯は治療済み。虫歯菌はうつると知っていたため、夫とは「食具の共有禁止」と意思統一したという。

 同市駿河区の保育士(26)は上下各4本の乳歯が生えた長女と参加した。自身の虫歯は妊娠中に治療済み。長女に歯磨き習慣をつけるため、持たせた歯ブラシを放り投げられても懸命に続けている。「歯科医院は虫歯ができたら行く所と考えていた。予防のためにかかりつけ医を持ち、定期的に通う大切さを教わった」と話した。



 ■乳歯の虫歯 減少傾向 16年調査

 厚生労働省の2016年歯科疾患実態調査=グラフも=によると、乳歯については、14歳以下の各年齢で@う歯(未処置の虫歯、処置完了の歯、処置歯と未処置歯の併有)を持つ子の割合A一人平均う歯数B一人平均未処置歯数は、おおむね減少傾向だった。

 う歯を持つ子の割合は4歳以上8歳未満では40%前後。1歳は前回11年から引き続き0%。2歳は単純比較可能な調査初回の1999年の約3分の1の7.4%。3歳は同年の約4分の1の8.6%。

静岡新聞社

引用元:
虫歯予防「マイナス1歳」から 鍵はキシリトール、家族みんなで「健口」に(静岡新聞)