今や、妊活には欠かせないアイテムとなった妊娠検査薬。「尿を浸して検査するアレでしょ」ということぐらいは多くの人が知っているだろう。

しかし、「その原理を説明せよ」と言われて、正確に答えられる人はどれだけいるだろうか。

福岡ハカセこと生物学者の福岡伸一氏は、新刊『迷走生活の方法』(文藝春秋)で、タンパク質を利用した妊娠検査薬の原理を明かしている。細部にまで工夫が凝らされたその仕組みとは――。

アンネがない時に

福岡ハカセが少年だった頃、「アンネがなければできちゃった」という歌詞の一節が流行ったことがあった。しかし、おぼこい少年だったがゆえに、当時はまだ、その意味するところはわからなかった。

アンネという言葉は、今では古臭い言葉となり(そもそもこれは『アンネの日記』で、筆者が自分の身体の変化をためらいながらも肯定的に受け入れている記述から採られている)、隔世の感がある。

でも、この歌詞で歌われている感情の機微は今も同じ。つまり、「いっときの激情に流されるままコトに至ってしまったが、来るはずの次のアンネ=生理がその時期になってもこない、ひょっとしてできてしまったのか」という若気の至りの心理なのだが、では、「できちゃったかもしれない」の後は、どうすればよいのだろうか。

予定の生理がこない場合、昔は妊娠しているのか否かを確かめる方法は産婦人科に行くしかなかった。しかし、今では薬局に売っている妊娠検査薬によって、産婦人科に行く前にセルフチェックすることができる。

最近では、妊娠検査薬は妊活のために使われるアイテムでもある。妊娠を心待ちにしている場合は、「アンネがなければバンザイ」となるわけだ。

妊娠によって体に起こること

そもそも生理とは(これを生理と呼んだ人もなかなかの言語センスの持ち主だが……)、妊娠に向けて子宮内膜が肥厚し、いつでも受精卵が着床できるよう準備するサイクルが平均で28日周期で起きるところ、受精卵が成立しない場合、肥厚した子宮内膜が剥がれ落ちて出血とともに体外に捨てられるプロセス。

これが起きないということは、受精卵が成立し(つまり卵子と精子が出会う)、着床が起こり、そのまま子宮内膜の肥厚が維持されている――つまり妊娠成立の合図が鳴った、ということである。

通常、受精は前の生理と次の生理の真ん中あたりに起こる(卵巣からの排卵がその頃起きる)。だから「アンネがない」と気づく頃には、すでに受精後2週間ほどが経過している。

このあと、母体では劇的な変化が進行していく。一番顕著なのが、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)というホルモンの変化である。

受精卵が子宮内膜に着床したあと生じる絨毛組織(これがあとで胎盤となる)から妊娠の維持を命令する(つまり次の生理を止める)信号が発せられる。これがhCGだ。

hCGは普段はほとんど体内に存在しないが、妊娠すると1000倍から1万倍にも増加し、尿中にも出て、妊娠の格好の指標となる。つまり、尿中のhCGを検出することで妊娠の有無を調べることができるわけだ。

そこで製薬会社は考えた。hCGはタンパク質でできており、hCGにだけ結合できる二種類の抗体(モノクローナル抗体)を作り出したのだ。

二本線の仕組み

妊娠検査薬の先端に尿を浸すと、毛管現象の原理で尿は細切りのペーパーの中を登っていく。先端に近い部分に抗体Aが待ち構えていて、hCGが存在するとぴたりと結合する。 

結合した「hCG―抗体A」は、そのままさらにペーパーの中を登っていく。すると今度は、検出窓の部分に抗体Bが線状に固定されている。hCGは抗体Bにも結合するので、ちょうどサンドイッチのように「抗体B―hCG―抗体A」の複合体がここに集積する。

抗体Aには、発色酵素が付加されていて、複合体の場所で発色反応が生じ、色のついた線が窓に出現する。これが陽性。

賢いのは、隣にもうひとつ確認の窓があること。ここには抗体Aを捕まえる抗体Cが固定されている。尿の中にhCGがなければ、抗体Aは、抗体Bの線を素通りして抗体Cの線で捕捉され、ここで発色反応を起こす。これは、きちんと抗体Aが移動しているかどうか、つまり検査が正しく作動しているかどうかをチェックするしかけだ。

抗体Cの線が反応しているのに、抗体Bの線は反応していないとなれば、「検査は正しく行われているが、hCGは検出されなかった」ということ。つまり陰性となるわけだ。

この検査は、ノーベル賞ものの発明といっても過言ではないだろう。

ちなみにネット上では、陽性反応が出た使用済みの妊娠検査薬が売られているらしい。誰が何に使うのか。想像するだけで恐ろしい。


引用元:
「妊娠検査薬」は実はノーベル賞級の発明であることをご存知ですか?(現代ビジネス)