昨年、菅政権は看板政策のひとつとして「不妊治療の保険適用」を掲げた。日本の体外受精の黎明(れいめい)期に研究に携わった東京都立墨東病院産婦人科部長の久具宏司さんは今年2月、「近未来の〈子づくり〉を考える 不妊治療のゆくえ」(春秋社)を出版した。著書では、体外受精やそれに付随する技術が「当たり前」となる未来に警鐘を鳴らしている。どういうことか。


 ――本を書こうと思ったきっかけは。

 5、6年前から、普段の診療の中で、「なぜこの人が?」という方が体外受精で妊娠し、産科にやってくるようになりました。診察する限り、子宮や卵管に問題があるわけでもない。年齢が高い人が多いですが、20代、30代の方も結構いる。自然妊娠で来られても、前の出産は体外受精だったという方も。「不妊症」とは必ずしも言えない人が体外受精を受けるケースが増えているのでは、と思うようになりました。

 また、このころから、比較的容易になった卵子の凍結保存を、少子化対策として自治体や企業が助成する動きが出てきました。キャリア形成を優先し、あとから妊娠できるようにということなのでしょうが、高齢になれば、妊娠高血圧症候群などのリスクも増えます。それは産婦人科医として、あまり勧められることではない。きちんと仕事をしようとすると妊娠は後回しにさせられてしまう社会の方が問題で、こういったことを本に書いて、一般の人に知ってもらいたいと思いました。

 ――体外受精や卵子の凍結保存を選ぶ人が増えている理由が、社会のあり方にあると感じるのはなぜですか。

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 妊娠すると、妊娠中どんなに一生懸命働いて、すぐに職場復帰をしても、数カ月は休むわけです。多くは保育所の入所問題などで1年ほどは休む。復帰後も、育児に追われ時短勤務となる。すると、仕事にどうしてもブランクができる。これがキャリア形成にマイナスになるとしたら、妊娠・出産を後回しにして、キャリア形成を優先しようと思う女性もいるのではないでしょうか。

 企業も産休・育休によって予期せぬタイミングで人員が減るのは大変です。そこに卵子の凍結保存がぴたりとはまるわけです。企業も女性も双方に利益があり、福利厚生として凍結保存を助成するところも出てきます。

 しかし、社会や企業の都合に合わせて、人間の生殖活動をコントロールすることはいいことなのでしょうか。それよりも、出産・育児で一時的に職場を離れても、ブランクとはみなされない制度や風土の方が大事ではないでしょうか。

 ――出産・育児で仕事に割ける時間が減る分、それが経験値の差となります。社会や会社で物事や評価軸を決める多くの人々は、出産・育児に時間を割かれずにきた男性ばかりです。女性だけが悩まなければならない問題なのでしょうか。

 男性の問題でもあります。男性も女性も等しく出産・育児に関わるべきで、そうした「男女」が割を食わない社会をつくるべきです。

 男性と違い、女性は生殖に適した年齢がある程度決まっています。そのことを男性も知っておくべきです。カップルになったとき、2人で人生設計を考えられるようにしておく必要がある。いまの日本の性教育は、いかに望まぬ妊娠を防ぐかということばかりです。カップルで適切な時期に子を授かるためのことはまったく教えられていません。男女分けて教育するのも間違いだと思います。

 ――菅政権は「不妊治療の保険適用」を掲げました。どう考えますか。

 そもそもの問題が「不妊症」の定義があいまいなことです。一応、関係学会では、生殖年齢の男女が妊娠を希望し、一定期間、避妊せず性交をしても妊娠が成立しない場合を「不妊」としています。

 しかし、果たして、この状態を本当に「病(やまい)」と言っていいのでしょうか。中には卵管や子宮、精巣に問題があって「不妊症」と確かに言える方々もいる。ところが、現状では冒頭で述べたように、本人が「不妊かも」と思い、相談した医師が「そうですね」と言えば、「不妊症」になり治療に進む現実がある。女性は年を重ねれば誰もが妊娠しにくくなります。それも「不妊症」と認めてしまうと、50代の人も治療の対象という話になってしまう。

 また、不妊治療というものが「医療保険の理念に合うのか」という根本的なことも、きちんと議論されていません。子を望むカップルにとって、子ができないことは悲しいことではありますが、治療費が医療保険の対象となるほかの病気のように「健康を害している」というわけではない。

 保険で治療費の自己負担が安くなれば、自己都合で治療を受ける人が増えるかもしれない。医師がそういう場合は治療しません、と言えればいいが、医師にとって、患者さんはお客様です。子を授かることを不妊治療のゴールとするなら、体外受精の成功率は10〜20%。医師が「不妊症」と言えば、治療が行われている現状の中で、成功率10〜20%の体外受精を繰り返すと、保険財政が逼迫(ひっぱく)する可能性もあります。

 ――保険財政以外に、体外受精やそれに付随する技術が、広く行われる社会で危惧することはなんですか。

 生殖行動は哺乳類が自然の中で子どもをつくっていこうとする営みですが、体外受精はその過程を、手元の器具で一からやってしまおうというものです。そのため「意のままにできる」という考えに走りやすい。

 例えば、卵子の凍結保存は、がん患者さんが治療前に妊娠する力を温存する以外に、健康な人が自分の都合の良い時期に子どもがつくれるよう、時間の制約をなくす目的でも使えます。卵子・精子提供や、受精卵の着床前診断を受ければ、優秀で容姿がきれいなドナーを選んだり、男女を産み分けたりすることも可能です。受精卵のゲノム編集に至っては、望む子を人工的につくり出す目的で使われる可能性もある。これはもはや受精卵の「選択」というより「創造」です。日本の将来だけでなく、人類の未来にとっても危ういことではないでしょうか。

 「不妊治療」は導入当初、まさに「不妊症の人のための治療」でしたが、いまは不妊症か否かに関わらず「子どもをつくる医療」である「生殖医療」へと変質してきたと感じます。生殖医療には「より望む子どもへ」という「優生思想」が入り込みやすい。私たちは、滑りやすい坂の上に立っていることを認識する必要があります。

 ――体外受精の研究をされていた時は、そういう危機感を持っていらっしゃったのでしょうか。

 いいえ。私がさかんに研究していたのは20〜30年ほど前です。海外でも日本でも体外受精が成功し、不妊症の人が妊娠できるようになるなら採り入れるべきだと思い研究を始めました。当時は本当に妊娠できない人だけが対象で、体外受精でやっと妊娠し喜ぶ患者さんを見ると達成感がありました。

 しかし、2000年ごろからでしょうか。卵子・精子提供や、代理出産が国内でも行われるようになって、先ほど述べたような危機感を持つようになりました。この数十年間、生殖の世界を見ていると、人類は着実に滑りやすい坂を滑っていると感じます。いまの技術スピードで、本当にすべてのものを受け入れていくと、ゲノム編集で理想の子どもをつくりあげるという未来は十分に起こり得る。個人的には、どこかで歯止めが必要だと思います。不妊治療の保険適用も、こうした議論や未来と、いずれ関わってくることを忘れてはならないと思います。

 ――不妊治療は国が政策につぎ込んだお金に対して「体外受精が何件増えて、何人出生数が増えた」とアウトプットが見えやすいという意見もあります。

 少なくとも卵子の凍結保存は、出産年齢を遅らせるので、晩産化が進み少子化はさらに加速するでしょう。体外受精で生まれる子どもの割合は確かに増えてはいますが、16人に1人です。それを15人に1人にするより、出生数全体をどう増やすかを考えるべきです。

 不妊治療が当たり前になる社会より、妊娠適齢期にカップルが出産・育児に時間を割かれても障害にならない社会、子育てしやすい社会をつくる方が大切ではないでしょうか。こういう時こそ、政権には目先のアウトプットより、「俯瞰(ふかん)的な見方」をしてほしいと思います。(聞き手・水戸部六美)

引用元:
「子をつくる医療」の危うさ 体外受精プロの医師が警告(朝日新聞アピタル)