首都圏1都3県における緊急事態宣言の延長が決まった。精神的な疲労が続くなか、急増しているといわれているのが産後うつ病だ。倍増のおそれが報道されながら、その異変に本人や周囲が気づけないケースも少なくないという。そうならないために、出産前後の母親やその周囲ができることは何か。ママ友マッチングアプリを運営する現役ママのカーティス裕子さんが、産婦人科・心療内科医で三児の母でもある小野陽子医師に話を聞いた。
【表】うつ病の主な診断基準
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カーティス:産後うつとマタニティブルーズの違いを教えてください。
小野医師:産後うつ病は、妊娠中から産後4週間以内に発症するうつ病です。妊娠うつ病と産後うつ病を合わせて周産期うつ病といい、「ほとんど毎日の1日中続く気持ちの落ち込み」「睡眠障害」「気力の減退」など9項目(表)のうち5項目以上を満たす状態が2週間以上続くと「産後うつ病」と診断されます。「マタニティブルーズ」は一時的なもので、出産後数日以内に始まる生理的な反応。3人に1人くらいの割合で発症します。決定的な違いは、マタニティブルーズは数日で自然に改善されていきますが、産後うつ病は早期に発見して治療を開始しないと長引きます。
カーティス:産後うつ病は自己判断が難しいですね。まさか自分がうつ病だとは思いたくない気持ちもあります。
小野医師:この9項目はあくまでも医師の診断基準で、患者さん自身が自分で判断することはできません。精神科や心療内科を受診し、診断を受ける必要があります。ただ、「産後うつ病とはこういうものだ」という情報を知っておくことは大切です。そもそも産後に限らず、女性は男性の2倍、うつ病になりやすいといわれています。
カーティス:産後うつ病の原因は何なのでしょうか?
小野医師:正確な原因はまだわかっていません。ただ、うつ病は繰り返しやすく、妊娠前や妊娠中のうつ病、適応障害、マタニティブルーズなどの経験があると産後うつ病のリスクは高まります。その後は、育児中のうつ病にもつながりかねないので、当てはまる人は、そういうリスクがあると自覚しておくことも大切です。身体に負荷がかかった時どこに弱さが出るかという問題なので、疲れると頭痛がする人、眠りが浅くなる人がいるように、うつの症状が出るのも身体のシグナルのひとつです。あとは家族や周囲のサポート不足や経済的な問題など、環境要因もリスクだと考えられます。妊娠中の場合は予期せぬ妊娠、パートナーとの不十分な関係性なども考えられます。
カーティス:過去のリスク要因は変えられませんが、家族のサポート不足はこれから変えていける部分です。私は3月に2人目を出産予定ですが、1人目のときは産後うつ病になった自覚はありません。初産でならなかったら、その後もなりにくいのでしょうか?
小野医師:残念ながら可能性はあります。2人目以降は環境の負荷が増えるため、リスクは高まる可能性があります。赤ちゃん返りする上の子を見ながら、下の子におっぱいをあげて睡眠不足……ママがイライラすれば、赤ちゃんも上の子もイライラする。私は3人の子どもの育児をしていますが、家の中はカオス状態です。逆に、1人目での出産・育児の経験がプラスに働くことで産後うつ病にならない可能性もあります。オムツ交換でのトラブルや沐浴でのヒヤッとした体験、子どものちょっとした発熱での不安など一度は経験していますから、予測がつく訳です。人はブラックボックスには不安が高まりますが、想定しているものには対応しやすいです。
カーティス:産前産後はホルモンバランスが変わるとよく聞きますが、そのあたりも産後うつ病に関係していますか?
小野医師:産前産後は女性ホルモンの分泌量がジェットコースターのように激しく増減します。おそらく、それが産後うつ病に関与していると考えられています。そういう時期には、あえて環境の変化を作らないほうがいいと思います。子どもが生まれるタイミングで引っ越したり、親と同居を考えたりするケースは多いですが、そういう方は感情の変化が大きい。プラスになると思ってやったことがマイナスに働くこともあります。
カーティス:コロナ禍で「産後うつ倍増」という報道を目にしました。実際はどうなのでしょうか?
小野医師:現場の感覚では増えていると思います。産後女性のオンライン相談サービスで、産後うつ病のスクリーニングツールを用いた結果では、産後うつ病のハイリスクとなる方が産後1年を通じておよそ35%と高い値でした。この数字は、対面での診断で最終的に産後うつ病と診断された割合ではありませんし、他にも色々と考慮する点はありますが、日本の産後うつ病の有病率が10%程度ということを考慮すると、増えている可能性はとても高いです。そして、産後直後だけでなく産後から半年、1年経過してもうつ病には注意が必要であることがわかります。海外のデータですがコロナ禍で妊娠、出産をした女性を対象に追跡調査した結果を見ても、不安や抑うつ症状のレベルは優位に上昇しています。「COVID−19が母体と赤ちゃんの生命を脅かすこと」「必要な出生前ケアが受けられないこと」「人間関係の緊張」「社会的孤立」などが原因として挙げられています。実家の親にも会えず、ひとりで頑張っているママも多いですね。
カーティス:専業主婦のママはもちろん、育休中のママもコロナ禍で友達とも会えず、孤立を深めているのではないかと感じます。産後うつ病予防のためにできることはありますか?
小野医師:ママの負荷を減らすことです。赤ちゃんの命を守るために必要なこと以外はできるだけ手放して身軽になったほうがいい。極論をいえば、オムツ交換もミルクも、母乳以外の育児は誰がしたっていいんです。家族の手が借りられないなら、市区町村の行政サービスが主催している家事代行やファミリーサポートを検討してもよいと思います。経済的な面を考慮して、行政が提供しているもので使えるサポートはないかを調べ、妊娠中から資料を取り寄せて、申請の準備をしておく。赤ちゃんがいると、書類ひとつ書くのもとても大変ですから、出産前にある程度準備するといいですね。
カーティス:うつ症状が出た場合は、どのように対処すればよいでしょうか。
小野医師:最も大事なことは、「休むこと」です。そして「相談する勇気を持つこと」。残念ながら産後うつ病の状態では、脳の判断能力自体のスペックが低下しているため、自分では正常な判断はできません。あやしいと思ったら、オンラインサービスでもいいので、専門家に相談してほしいと思います。
カーティス:本人が症状に気づいていないケースも多いのかもしれません。
小野医師:家族はもちろん、ほかにも冷静に判断できる大人の目を家の中に入れておくことが、早期発見につながります。そういう意味では、実家のご両親、シッターさんや産後ドゥーラさん、保健所の新生児訪問など、「ちょっと様子がおかしいかも」と異変に気付いてくれる人が1人でも2人でも増えたほうがいい。そこから受診につなげられれば対処できます。早期発見であれば回復は早いんです。
カーティス:夫や家族、周囲の人が具体的にできることはありますか?
小野医師:やはりママを休ませてあげてほしい。週に3時間でもいいから、「ママのお休み時間」を作ってあげてほしいです。「育児をしていないから家事をしよう」という考え方も危険です。その時間は映画を見たり、ゆっくりお風呂に入ったり……カフェでひとりでお茶をするのもいいですね。
カーティス:そういう時間に限って、私は携帯で子どもの写真を見ちゃいます(笑)。
小野医師:それでもいいんです。少し子どもと距離を置くことで、改めて会ったときにすごくかわいいと感じる。自分の思いを整理できるんです。それから、子育てには親以外の手も必要です。周囲で抱っこやベビーカーで困っているママの姿を見かけたら、手を貸す意識を持ってほしい。声をかけてあげたり、「最近どう?大丈夫?」ってLINEしてあげたりするだけでも違います。
カーティス:育児中は「大人との話し方を忘れちゃった」というママの話をよく耳にします。産後うつは昔と比べて増えているのでしょうか。専業主婦のほうが多かった上の世代からみると、今の子育て世代は保育園に預けて働く人も多い。「それでうつ病になるなんて甘えている」と考える年配の方もいるんじゃないかと。そういう世代からのなにげない発言がプレッシャーになることもあります。
小野医師:産後うつ病になるかならないかは、根性論という物差しでは測れません。リスクの大小はありますが、誰でもなる可能性はあって、ある意味風邪と同じです。核家族化が進んだことで、昔の大家族のように「ちょっと赤ちゃんを見てて」と気軽にお願いできる人がいない。働く女性が増えたことでママの負担が増えているのに、サポートが不足しているんです。
カーティス:ママ友同士で助け合えることはありますか?
小野医師:コロナ禍では人間関係の緊張が起きていますが、そういう時こそ気軽に育児の話ができる存在がいると心強いと思います。子育て中のママ同士だから話せる子育てあるあるに笑って共感してもらえるだけで、肩の荷が下りますよね。学生時代の友人は、キャリアや結婚観、子どもの有無など状況が様々で価値観が違うと共感しづらい部分もありますから。ただ、ママになったばかりのタイミングは精神的に不安定な時期です。それまでに仕事でキャリアを積んできた人も、子育てでは1年生。自分のアイデンティティーがゆらぐと、人と比べてしまいがちです。SNSでママ友のキラキラ系の発信を見て落ち込んでしまう人もいるので注意が必要です。
カーティス:本人や家族以外にも自治体レベルで改善すべき点もあると思います。私は2人目の出産後は自治体の派遣型一時保育サービスを利用しようと考えているのですが、まず1時間に及ぶ説明会に出席しないとサポートの方を探してもらえない仕組みなんです。しかも定員15名のみで月1回しか開催されません。自治体の制度が用意されていても手続きが煩雑なケースが多く、実際の支援を受けられるまでに時間がかかる印象です。産後うつ病を減らすために、どのような課題があるとお考えでしょうか?
小野医師:現時点ですぐにでもできそうなことは補助金の充実です。その際は世帯主への現金給付ではなく、家事代行や家庭内保育など具体的に育児のサポートにつながるものにしてほしい。妊婦検診時のクーポン券のような形がいいですね。Go Toキャンペーン予算の10分の1もあれば、ひとり親の困窮世帯が救われます。また、極論は「夫がちゃんと育児をする社会」を目指すことです。「育児・介護休業法」の改正で、男性も申請すれば子どもが1歳になるまで1年間の育児休業取得が可能になりました。でも取得率は2014年2.3%、2019年7.48%と伸び悩み、政府が2020年までに目標としていた13%には到底及びませんでした。背景には、申請を企業が拒否しても罰則がないことや、休業中の所得を企業や国が補償しているわけではなく、「育児休業給付金」を受け取るための手続きが煩雑なことなどが考えられます。休業制度の使いやすさと合わせて、育児ができる父親になるための制度も作る必要があります。男性が育児や家事を「手伝う」という考え方ではダメ。家族の一員として育児や家事を担うという意識を高めるため、例えば育休を取る男性には、沐浴やおむつ替えなどの産後指導の受講を必須にしてはどうかと、個人的には思っています。仕事ができる男性なら、家事も育児もできるはずです!
(構成/高丸昌子)
引用元:
「夫が育児を“手伝う”ではダメ」専門家が指摘 コロナ禍で「産後うつ」急増か (AERA dot.)