精液の中に、精子が見つかりません―。関東に住む30代の山口希さん(仮名)は2年前、夫の精液検査をした医師からそう告げられた。「まさか、そんな」。ぼうぜんとしたが、それでも子どもがほしいという夫婦の思いは変わらなかった。養子縁組、海外での治療…。調べるうちに、デンマークに本社のある世界最大の精子バンク「クリオス・インターナショナル」が、日本に窓口を開設したと知った。(共同通信=白川愛)

 ▽生まれた子の権利

 窓口では精子の輸入サポートのほか、国内で治療できる病院も紹介してくれると知り、購入を決めた。専用サイト上で、精子提供者(ドナー)のプロフィルや幼少期の写真を見比べ、幼い頃の夫と雰囲気が似ているドナーを選択。精子を輸入して医療機関で顕微授精し、現在妊娠中だ。夫も「自分とは血縁がないからこそ、ドナーを選んだ責任を持つことで、父親になる覚悟が強まるはずだ」と賛同している。

 山口さんは、「子どもが成長して『自分のルーツを知りたい』と思った時、ドナーの情報にアクセスできる権利を保障したい」と望む。クリオス社にひかれたのは、ドナーの情報を開示する仕組みがあるからだ。

 同社によると、ドナーは身元開示と非開示を選ぶことができ、開示の場合、生まれた子どもが一定の年齢になって希望すれば、身元に関する情報を知ることができる。国内では、購入者の約7割が開示を選ぶという。

 国内には、こうした「出自を知る権利」を保障する治療法がない。長年、匿名のボランティアが精子を提供する「非配偶者間人工授精(AID)」が一般的だったが、ドナーの情報は血液型程度しか開示されない。「出自を知る権利を担保した治療が当たり前にできる仕組みを作り、不妊治療の選択肢を増やしてほしい」と山口さんは訴える。

 ▽150人超が購入

 クリオス社は1987年に創設され、ドナー数は世界最多。約100カ国の医療機関や個人に精子を販売し、これまでに6万5千人以上が生まれている。19年2月、東京都内に窓口を設置して以降、30都府県の夫婦や独身女性、子どもを持ちたい性的少数者らに精子を販売し、購入者は150人を超えた。

 クリオス社によると、購入者の約7割は、同社と協力関係にある国内の医療機関で体外受精や人工授精を受けた。日本産科婦人科学会(日産婦)は会員医師に対し、営利目的での精子提供に関与することを会告で禁じているが、一部の医療現場では既に、商業的精子バンクを容認しているのが実態だ。

 日本事業責任者の伊藤ひろみさんは、国内では近年、精子ドナー不足が深刻で、医療機関が子どもを望む患者のニーズに応えられなくなっていると指摘。新型コロナウイルスの影響で、海外での不妊治療を諦めるケースも増え、クリオスの利用者増加につながったとみている。

 ▽ルール整備

 国内では、夫婦以外の精子や卵子を使った生殖補助医療に関する法整備が進む。昨年末、生まれた子どもの法律上の親を明確化する民法の特例法が成立。精子提供の場合は、治療に同意した夫が父になり、卵子提供では出産した女性が母になると定めた。

 ただ、精子などの売買に関する規制や、出自を知る権利を巡る議論は先送りに。商業的精子バンクについては、個人情報管理などの懸念も指摘されており、特例法成立の過程でも慎重な意見が上がった。

 「欧米では、精子バンクが肯定的に受け入れられている」と伊藤さん。日本国内でも、厳密なドナーの検査や精子の衛生管理といった安全面、出自を知る権利への配慮が利用者や一部の医療機関から高く評価されているという。将来は日本でドナーを募り、不妊治療の選択肢の一つになることが目標。そのためにも「国は生まれた子やドナー、育ての親の意見を聞いて、精子バンクに関するルールを早急に整備してほしい」と訴えている。

引用元:
精子バンク、生まれた子の権利「認めて」 国内の購入者150人超(gooニュース)