2020年2月22日午後1時6分。「オギャー」。札幌市内の病院の一室に赤ちゃんの声が響く。3518グラムの元気な男の子だ。
同市内に住む母親の女性(34)は「やっと終わった」と感じていた。それまで2度の流産。「今度こそ授かった命を育てる」。宿った新しい命にそう呼び掛けてきた。
そして3度目の機会。お産が始まっても陣痛が強くならずに、赤ちゃんが出てこない「微弱陣痛」が3日間続く難産だった。出産に立ち会った夫のそばで女性はわが子を手に喜びをかみしめた。「家族が3人になるんだ」
同時に、不安が交錯した。約1カ月前の1月28日、北海道内では初めてとなる新型コロナウイルスの感染者が判明。2月22日までに児童ら17人が感染し、鈴木直道知事は同日「1例目が確認された時と状況が明らかに異なっている」と語り、未知のウイルスの侵食に緊迫感が日増しに高まっていた。
「これからどうなるのだろう」。女性の不安は現実となる。生後1カ月の検診や定期の健康診断は相次ぎ中止。近所の子育てサロンも中止となった。交流の場が失われ、外に散歩にも出られない日々。旭川市に住む両親にも「孫」の顔を見せることができずにいた。「授かった命を守るのに必死だった」
あれから間もなく1年。長男は、よちよち歩きを始めた。最近、夫とよくこんな言葉を交わす。「前を向かなきゃ。五体満足で生まれただけでも感謝したい」。制約の多い生活の中で長男と濃密な時間を過ごしてきたことに喜びを感じている。
経済的理由から中絶相談が増加
困難がつきまとうコロナ禍での出産と育児。女性とは異なり、出産に消極的な人が増えているという。円山レディースクリニック(同市中央区)の鈴木孝浩理事長(52)は「コロナに対して恐れを抱き、出産を避ける傾向がある」と指摘する。
厚生労働省によると、道内の妊娠届け出数は20年4〜10月、前年同期比約1割減に当たる1万6910件。この7カ月間で最も減少幅が大きかったのは5月で前年同月比約2割減だった。
また、妊婦をサポートするボランティア団体「円ブリオ北海道」(同市東区)によると、国の緊急事態宣言が解除された昨年6月以降、特に経済的な理由から中絶するかどうかで悩む人からの相談が多く寄せられているという。
政府は、不妊治療の助成制度を今年1月から拡充した。「初回のみ30万円・2回目以降15万円」としていた助成金を2回目以降も30万円に増やした。
ただ、十分でないという声もある。不妊治療の経験がある道外の女性は「助成金の拡充はいいことだが、体外受精は薬代を入れると30万円は優に超える。何回か採卵してから移植する人もおり、この金額は低すぎる」。
円ブリオ北海道の担当者はこう訴える。「国や自治体が安心して出産できる環境をつくってほしい」【真貝恒平】
妊娠届
妊娠した人が自治体に妊娠を知らせる手続きで、母子保健法に基づく義務。妊娠届を提出すると母子健康手帳が交付され、妊娠検診の費用助成など出産前後の母子保健サービスを受けられる。法令上届け出期間の定めはないが、「速やかな」提出が求められ、流産の心配がなくなる12週ごろに届け出る人が多い。双子の場合も1件として受理される。厚生労働省は各自治体の届け出数をまとめ、発表している。
引用元:
コロナで妊娠届け出数減 「授かった命、守るのに必死」 経済的困窮で出産悩む人も(毎日新聞)