不妊学級などで男性不妊のお話をすると、以前と比べ、精子にまつわる質問をいただくことが増えました。

 特に、「ご主人の精子が少ない」と言われたご夫婦は真剣です。「禁欲期間を、どのくらいとれば良いか」「精子を増やすにはどんな薬、サプリメントを飲んだら良いか」「どんな食事が良いか」「ブリーフよりトランクスの方が良いか」「ノートパソコンを膝において仕事をすると精巣に悪い影響があるのか」「タバコやお酒はやめた方がいいか」「酸化ストレスは精子に影響するのか」など、様々な質問が出ます。

ネットや雑誌にあふれる「精子サプリ」情報

 手始めに、よく耳にする情報の真偽を検討してみましょう。インターネットや雑誌には「〇〇を飲めば、精子が増える」といった情報があふれており、不妊治療で受診したご主人の大半は様々な「精子サプリ」を飲んでいらっしゃいます。ですが、そもそも薬やサプリで精子を確実に増やすことができるのでしょうか。

 例えば、会社の宴会で食中毒が発生したとします。原因が1種類の細菌なら、同じ抗生物質で全員が治ります。しかし、精子がうまく作れないというのは最終的な結果であって、原因は様々です。これが薬による治療を難しくしています。特に、遺伝子の問題が潜んでいる精子の異常は治療が難しく、薬で精子を増やせる可能性があるのは、一部の例外を除けば、生まれた後で起きた問題に限られます。

効果が確認された薬もサプリもほぼゼロ

 その例外とは、男性低ゴナドトロピン性−性腺機能低下症(MHH=Male Hypogonadotropic Hypogonadism)と呼ばれる、10万人に数人程度のまれな疾患です。脳の腫瘍や遺伝子が原因だったり、原因不明の場合もあったりしますが、ホルモン投与で高い治療効果が期待できます。ただ、症例数が少なく、その効果や薬剤投与方法に関する十分な科学的根拠は蓄積されていません。

 結論を述べれば、このMHH以外では、精子を増やす効果が正式に確認されている医薬品もサプリメントもありません。

多分野の臨床医、研究者で精子研究チーム

 改めて、この連載を共同執筆する東京歯科大学市川総合病院・精子研究チームを紹介します。私たちは、精液から生殖補助医療に用いる精子を選別し、その機能や形を細かく検査する研究をしています。昨年、私たちの研究をまとめたコラム「 精子に隠された『不都合な真実』 」を連載させていただきました。

 私たちの研究は、不妊治療の現場にいる医師や看護師、胚培養士、そして患者夫婦の「なぜ、うまくいかないのか」「こんなこと、できたらいいな」というつぶやきが出発点です。研究は「この指とまれ方式」で行われ、精子研究チームには様々な分野の臨床医、研究者が参加しています。

 市川総合病院リプロダクションセンターでは、臨床応用というゴールから逆算して研究が進められ、外来と研究室を往復しながら実用性を確認しています。前回の連載では6項目の精子精密検査をご紹介しましたが、その後、さらに新たな検査が開発されており、連載の中で紹介させていただきます。

不妊原因は夫婦ごとに違い、一律な治療はない

 生殖補助医療の話を始める前に、知っておいていただきたいことがあります。幸いにして受精や妊娠にいたった場合は、精子と卵子、両方の質が一定レベル以上だったということです。不妊になる原因は多様で、生殖補助医療が「補助」できる原因と、そうでないものがあります。たとえ女性側の「補助」ができても、男性側が低空飛行のままでは妊娠しません。インターネット上には「こうすれば妊娠できる」という情報があふれていますが、夫婦ごとに不妊原因の組み合わせは違い、一律に有効な治療はないのです。

 この連載では、誤解も多い、精子にまつわる身近な話題を取り上げながら、私たちの精子研究の苦い歴史を振り返り、生殖補助医療に「できること」「できないこと」、そして「どこまで補助できるか」、率直にお話しします



引用元:
「〇〇を飲めば精子が増える」はウソ? ホント?(読売新聞)