早産などで小さく生まれた赤ちゃんに母親の母乳を十分に与えられない場合に、寄付された母乳(ドナーミルク)を提供する「母乳バンク」の取り組みが広がっている。9月には全国2カ所目となる拠点が東京に整備され、九州でもドナーミルクを導入する動きが出てきた。臓器が未発達で病気にかかりやすい赤ちゃんの命を救えると期待を集めるが、認知度はまだ低く運営コストなど課題も抱える。

 東京・日本橋の育児用品メーカー「ピジョン」本社の一角に「日本橋母乳バンク」と掲げられた一室がある。室内には高い清浄度を保つ「クリーンブース」が設けられ、大型冷凍庫や低温殺菌機が並ぶ。ここに全国のドナー(提供者)から冷凍母乳が送られてくる。

 ドナー登録者は2014年の母乳バンク開設以来、延べ200人以上。今年に入って報道される機会が増えるなどして希望者が急増し、106人が新たに登録した。さらに数十人が登録待機中という。現在、40〜50人のドナーが週に計約20リットルの母乳を送ってくる。もちろん無報酬だ。

 ドナー登録には事前に指定病院で血液検査と問診を受ける必要がある。ドナーから届いた母乳は解凍後に細菌検査を行い、安全が確認されたものだけを低温殺菌処理をして再び冷凍。提供依頼のあった医療機関に発送する。

 母乳の取り扱いには専門知識が必要で、実際に作業に当たるのは助産師の水野紀子さん、ただ一人だ。水野さんは日本母乳バンク協会の代表理事を務める小児科医の水野克己・昭和大教授の妻。水野教授は「ドナー希望者が増えて大変ありがたいが、受け入れが追いつかない」。そのため10月から一時、ドナーの新規登録を中断している。

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 母乳バンクは100年以上前に欧州で誕生。現在では50以上の国・地域に約600カ所の拠点がある。国内では、14年に水野教授が昭和大江東豊洲病院(東京)内に初めて開設した。以来、年間約100人の赤ちゃんにドナーミルクを届けてきたが、日本橋母乳バンクの新設で約700人に供給できる見込みとなった。

 利用対象は体重1500グラム未満で生まれた「極低出生体重児」。臓器の発達が未熟なため、さまざまな感染症にかかりやすい。母乳には腸の粘膜を成熟させて免疫力を高める成分が含まれ、粉ミルクと比べて消化も良い。例えば、死亡リスクが高い腸の一部が壊死(えし)する「壊死性腸炎」の発症を3分の1に抑えられるという研究結果があるという。

 だが、出産後すぐに母親の母乳が出るとは限らない。特に早産では直接授乳できないため母乳の量が少なかったり、母親自身に持病があって投薬を受けるなどして授乳できなかったりする。従来は他の母親の母乳をそのまま与える「もらい乳」を行う施設も多かったが、感染症の懸念から姿を消しつつあるという。

 日本小児科学会などでつくる委員会は昨年7月、早産児や極低出生体重児には母乳が最善の栄養との見解を示し、母親の母乳を与えられない場合は、母乳バンクのドナーミルクの使用を提言した。極低出生体重児は年間約7千人生まれており、水野教授はドナーミルクが必要な赤ちゃんが年間約5千人いると見込む。

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 現在ドナーミルクを導入しているのは、新生児集中治療室(NICU)がある全国の約25病院。九州でも長崎大病院が導入を目指して院内手続きを進めている。同大病院小児科の木下史子医師は「ドナーミルクで守れる命がある。お母さんが安心して使えるように、まずは多くの人に知ってもらうことが重要」と話す。

 母乳バンクの認知度は低い。ピジョンが7月に全国の妊婦や母親516人に行った調査では、「母乳バンク」の名称と内容を知っていた人はわずか1割。また、6割が自分の子どもにドナーミルクを与えることに抵抗感があると答えた。

 現在、母乳バンクの運営は企業や個人からの寄付と一定量の母乳を送っている病院の年間契約料でまかなっているが、十分とはいえず、安定性も課題だ。専門知識を持った人材の育成も急務だという。水野教授は「ドナーミルクを必要とする赤ちゃんへ、いつでもどこでも届けられるようにしたい」と話している

助け合う仕組みが心の安定に わが子への罪悪感を和らげ

 早産などで小さく生まれた赤ちゃん。母親は生命の危険すらあるわが子を思って身もだえするような不安を抱えながら、罪悪感や自責の念にさいなまれることも少なくない。母乳バンクの助け合いの仕組みは、そんな母親たちの精神的な安定にもつながっている。

 神戸市に住む女性(41)は6月中旬、出産予定日より4カ月早い妊娠23週で三つ子を出産した。体重は全員500グラムに満たず、すぐに神戸大医学部付属病院の新生児集中治療室(NICU)に運ばれた。

 当初は自身の母乳を与えることができた。ところが産後3日目から40度の高熱が続いて腎盂(じんう)腎炎と診断され、母乳をあげられなくなった。「小さく産んでしまってごめん。母乳すらあげられないなんて母親失格だ」。そう思い詰めて涙が止まらなかったという。

 搾乳してあった母乳では3人分はすぐにも足りなくなる。同大病院が提携していた「日本母乳バンク協会」から届いたドナーミルクを生後7日目から6日間使った。主治医の藤岡一路医師は「人工ミルクでは腸に穴があいてしまうリスクが高かった」と振り返る。

 女性は「ドナーのお母さんたちも子育てで大変なとき。本当に感謝している」と話す。三つ子は順調に成長し、現在は体重が2千グラム前後まで増え、年内には退院できる見込みだという。「自分の母乳ではなくても、赤ちゃんの命になくてはならない母乳をあげられる。その安心感が私の心の安定にもつながった」

 東京都の黒木睦実さん(41)も6月、男児を出産した。妊娠28週で突然破水し、緊急帝王切開で生まれた赤ちゃんは体重1299グラム。NICUに入院した。

 母乳は幸いたくさん出た。助産師の知人から母乳バンクの存在を教わり、ドナーに登録した。入院中の赤ちゃんに会いに往復2時間かけて通いながら、搾乳した母乳を週に2〜3回、4カ月間バンクに送った。

 黒木さんは「私も早産になって悲しくつらかった。わが子と同じように頑張る赤ちゃんの役に立てる。その思いが救いにもなった」と話した。

3畳の研究室、手探りのスタート 母乳バンク 企業も支援に動く

 日本の母乳バンクは6年前、水野克己・昭和大教授の3畳の研究室から始まった。当初は勤務先の病院で出産した女性にドナーを募る一方、海外の先進事例を参考に必要な資機材を独自に集め、自著の書籍販売やセミナーの受講料で運営費をやりくりした。水野教授が2年前に病院の仕事で多忙を極めると、妻の紀子さんが作業を引き継いだ。

 水野夫妻が手探りで始めた母乳バンクの運動は近年、ようやく社会に広がってきた。ピジョンは昨秋、日本母乳バンク協会への支援を表明。日本橋母乳バンクの場所や設備を無償提供し消費者への啓発活動も始めた。厚生労働省も本年度から3年間、母乳バンクの調査研究事業を実施。ドナーミルクを飲んだ赤ちゃんの追跡調査や医学的効果の検証、バンク運用マニュアルの作成などに取り組む。

 水野教授の試算では、ドナーミルクを必要な赤ちゃんすべてに届けるには現在の7倍以上の量が必要となる。そのためにはドナーを増やす一方、バンクや医療側の体制も整えなければならない。水野教授は「ドナーミルクを使う病院に国が補助金を出す仕組みをつくるなど当たり前に使える医療にする必要がある」と話した。


引用元:
1500グラム未満の赤ちゃん…「母乳バンク」が救う 急増するドナー(西日本新聞)