金融スタートアップのFinatextホールディングスは、今年8月、妊娠中に入れる保険「母子保険はぐ」を発売した(あいおいニッセイ同和損保と共同出資するスマートプラス少額短期保険が提供)。産前産後の母親と赤ちゃんをサポートする同保険では、「産後うつ」も保障内容の1つとなっている。
なぜ、金融スタートアップ企業が、「産後うつ」を保障する保険を設計・発売したのか? その背景には同社の代表・林良太氏の奥様が「産後うつ」を発症したという事情があった……。林氏自身に、奥様と一緒に乗り越えた、過酷な9ヶ月間について語っていただいた。
妻に起きた異変「1週間近く、一睡もできなかった」
2019年6月、僕の妻は35歳で出産を迎えました。彼女は明るい性格で、わが子を授かったときは、産後うつの存在を知りませんでした。
ところが、息子が生まれ、家族3人で力を合わせていこうと思っていた矢先のこと。実家で産後を過ごしていた妻から、子供が生まれて2日目の夜「一睡もできなかった」と連絡が来たのです。
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お互い、産後はホルモンバランスが乱れると聞いていたので、そのせいかなと思い、このときは何も気に留めていませんでした。
しかし、そのあと3日目、4日目と一睡もできなかった日々が続きました。さすがにこれは何かおかしいと思い、そのとき初めて、この状況がどういったものなのか自分で調べてみたのです。
このとき、「産後うつ」についての情報も目にしていたものの、自分の妻がまさかなると思わず、一時的なマタニティブルーなのかな、と考えていました。
授乳の関係もあり、病院に行くと薬の処方が出される可能性があるため、しばらくは病院に行くこと・薬を飲むことを控えていました。
しかし、5日目以降も妻は眠れないまま。さすがに1週間近くまったく眠れないのは平常ではないと思い、そのときに初めて心療内科に行くことになりました。
産後すぐということもあり、早めに診察等々を行ってもらい、すぐに「産後うつ」と診断されました。
悪化し始めた、妻の症状
診断結果がわかってからは、母乳にこだわらず、ミルクに切り替え、向精神薬、抗うつ薬等を飲み始めました。
僕たちが運が良かったのは、周囲の理解があったことです。
よく、「母乳で育てなくては」と本人が感じてしまったり、周囲が「母親なんだから母乳で育てないと」など、なかなか理解してもらえない現状もあると聞きます。その点、僕たちの周囲の方々には理解があり、助けられました。
ただ、それでも薬を処方してもらいながら2ヶ月間は2-3時間寝れるかどうかくらいでした。そしてこの頃から寝れないという状態に加えて、胸が苦しいや不安といった、うつの他の症状が出始めました。
その時、里帰り出産を行っていた妻は福岡、僕は東京に住んでいました。僕が毎週末に必ず福岡に行っていましたが、うつの症状がどんどん悪化していたため、妻を東京に呼び戻し、僕と一緒にいられる環境で子育てをすることにしました。
そこから僕と妻と僕の両親とで、育児 & 闘病生活が始まりました。
辛く苦しい9ヶ月間を全力で向き合う
会社には迷惑がかかりましたが、社員たちの理解もあり、僕のワガママを聞き入れてくれ、午前中は妻の看病をしました。午後は僕の母とバトンタッチして妻と子供の面倒を見てもらいました。妻にはしっかり睡眠を取ってもらいたいと、夜の子供の面倒は両親に見てもらうことになりました。
この状態がなんと約9ヶ月続きました。
僕と僕の家族、妻の家族含めて全力でサポートしました。幸運にも、妻の実家が病院ということもあり、婦長さんに月の半分ほど来ていただき、サポートいただくなど、できることはなんでも全力でやりました。
それでも、危機的な状況が何回もありました。
それこそ、僕も思い出すと涙が出てくるくらい辛く苦しいことが起きたのです。具体的には次のようなことでした。
妻にとって一番苦しかったのは、目の前に子供がいて自分が面倒を見ようと思っているのに、「やっぱり、面倒見てあげられない」と感じてしまい、マイナス思考になったり、呼吸困難に陥ったことでしょう。
また、僕はなるべく会食は控えていたものの、どうしても仕事の都合で行かなくてはいけないとき、両親に妻と子供を見てもらっていました。ですが、会食中に急に両親から電話がかかってきて、妻が息ができず呼吸困難になったことを知り、すぐに帰宅するということもありました。
妻とのコミュニケーションも今までどおりとはいきませんでした。妻が不安に苛まれ人生を悲観するような発言をしたときも、僕は否定も肯定もせず、「聞く」ということを徹底していました。
こういったときにどのように接すればいいのか、色々とググって調べたり、産婦人科の先生に話を聞きに行ったりしながら、自分なりに勉強しました。
この病気の本当に辛いところ
この病気の辛いところは、「時間」以外の治癒方法がほとんどなく、出口が全く見えないという点です。
もちろん投薬も意味はあるのですが、本質的には自然によくなるのを待つしかないのです。
この病気を調べれば調べるほど、「最初は1ヶ月くらい様子を見て、そのあと3ヶ月、半年、1年続く可能性がある。調べると20〜30年たっても治らない」など、ぞっとするような情報が出てきました。
僕の妻は、胸の動悸、漠然とした不安、味の消失、睡眠障害、匂いがしない、口の違和感……など、さまざまな症状が次から次へと出て、よくなってるかどうかわからない状態がずっと続きました。
そんな妻のことを考えると、気づいたら泣いてた、ということもあり、僕も妻と同じような精神状態になる一歩手前まで行きました。
僕と妻の経験から、生まれたもの
それでも、2ヶ月〜3ヶ月したら、薬がちょっとずつ効いてきているのか、妻が少しずつ寝られる時間が増えてきました。気持ちの落ち込みも3〜4ヶ月目がピークで、それを境に良くなってきました。
この時期まではいきなり不安に苛まれパニック状態になってしまったり、家から出ようとしなかった状態でしたが、徐々にパニック状態に陥らない日数が長くなったり、味がするようになり、散歩に行こうとするようになりました。
妻の症状が特に良くなったきっかけがあります。
子育てが始まって半年ほど経ったときに、子供を僕と僕の両親に預けて、妻だけ3ヶ月ほど福岡の実家に帰りました。育児から解放され、規則正しい生活を送ってもらう。これにより、妻も少しずつ気持ちが前向に変わっていき、プラス思考に変わってきました。
朝は僕が保育園に送りに行ったり、夜はお風呂に入れに帰ったりと、妻の負担になりすぎないよう、できるだけ育児のサポートを心がけています。それもあってか、今もたまに疲れやすいという部分はありますが、妻も出産前の明るさに戻っています。
お陰様で今は夫婦3人で笑って過ごせる日も出てきました。それも、多くの方の助けがあったからだと思います。
もし親の助けがなかったら? 旦那さんの助けがなかったら? 経済的に余裕がなかったら? もしもこのようなサポートがなければ、それで命を断つことになっても「まったく不思議でない」。それくらい、産後うつというのは本当に地獄にいるのです。
でも、産後うつに対して社会の理解がもっとあったら? お金をあまり気にせず心療内科行けたら?
僕にできることは、社会のこういう人たちを少しでも助けることだろうと奮い立ち、産後や育児うつをも保障内容に入れた「母子保険はぐ」を立ち上げました。
この保険があることで、妊婦さん、お母さんのサポートになることはもちろん、周囲の方々の「産後うつ」への理解が高まり、多くの方が妊婦さん、お母さんに寄り添える社会を作っていきたいと思っています。
僕の経験が少しでも多くの人の役に立ち、心に届けばいいなと思っています。
お話を伺った方:林 良太(はやし りょうた)さん
2008年東京大学経済学部卒業後、英ブリストル大学のComputer Scienceを経て、日本人初の現地新卒でDeutsche Bank Londonに入社。ロンドン、ヨーロッパ大陸全域にて機関投資家営業に従事した後、ヘッジファンドを経て2013年12月に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)を創業。
現在は持株会社であるFinatextホールディングスの傘下にフィンテックソリューションを開発・提供するFinatext、オルタナティブデータ解析のナウキャスト、証券プラットフォームのスマートプラス、次世代型デジタル保険のスマートプラスSSI等を擁し、「金融を“サービス”として再発明する」をミッションに、パートナー企業とともに金融におけるデジタルトランスフォーメーションを推進している。
現代ビジネス
引用元:
まさか妻が「産後うつ」に!「ベンチャー経営者」が味わった9ヶ月の地獄 この経験から生まれたもの(livedoor)