菅義偉内閣が発足した翌日の9月17日、菅首相は田村憲久厚生労働相に不妊治療の保険適用を拡大するよう早急な検討を求めた。同時に、適用拡大までの間の負担軽減ができるよう、現在の助成制度の大幅な拡充を指示した。

通常の医療だと、74歳以下なら原則として3割が自己負担となる。つまり、かかった医療費の3割だけ医療機関の窓口で払えば、残りの7割は税金と保険料で賄ってもらえる。保険適用の医療とはそうした診療のことだ。

ところが、特定の不妊治療の医療費は全額自己負担となっている。国や地方自治体からの補助がなければ、受診した医療機関から請求された金額のすべてを自分で払わなければならない。つまり、特定の不妊治療は、保険適用されていない。

自由診療と保険適用診療の違いとは

そうした現状を踏まえ、まだ保険適用されていない不妊治療について保険適用するよう、早急に検討することになった。

保険適用されていないということは、何が問題なのか。ひとまず全額自己負担となっても、後になって国や地方自治体が補助をし、実質的に自己負担がないのであれば悪くないのではないか。そうした印象もあるだろう。

しかし、ことは単純ではない。全額自己負担で受ける医療は「自由診療」ともいわれる。自由診療の代表例は美容整形だ。美容整形は医師しか行えないが、その治療費には公的医療保険は一切効かず、全額自己負担となる。治療の水準も治療費の価格設定も医師が自由に決められる。

それは、他の疾病に対する治療とは大きく異なる。保険適用されている通常の疾病は、自己負担が少なくて済むだけでなく、疾病ごとに医療行為が決められていて、医療行為1つひとつに国が定めた価格(診療報酬単価)がある。医師はそれから逸脱してはいけない。

それに対して自由診療は、単に受診者が医療費の全額を自己負担するだけでなく、治療内容も価格も政府の関与なく自由に決めてよいことになっている。

国が定めた医療行為以外の治療法の中に、より有効なものがあるとすると、公的医療保険の下ではそうした治療法は受けられない。その意味でいうと、公的医療保険は受診者が選択できる治療法の幅を狭めているという面はある。

しかし、不妊治療はどの治療法が有効かが必ずしも自明でない。治療内容の選択も価格も医師が自由に決めてよいということになると、受診者からみれば何が標準的な治療法なのか、お墨付きが与えられた形で見極めることができない。

ましてや、同じ治療法でも受診する医療機関によって値段が異なることさえある。不妊治療では、保険適用されていないことによって、そうしたことが起きている。

助成額拡大ではメリットは少ない

不妊治療に対する国の助成は現在、夫婦合算で年収730万円未満の人にしか助成されない。また、概観すると、初回の助成額は30万円で、あとは1回の治療につき15万円が給付される。2020年度予算では151億円を計上している。

もしここで各回の助成額を増やせば、一見すると受診者は助かるかもしれない。しかし、自由診療であるがゆえに医師が決める価格を引き上げれば、助成額は増えても受診者の自己負担はそれほど減らないかもしれない。そうなっては、助成を拡充しても不妊治療の受診者のメリットは少ない。

むしろ、早期に保険適用を拡大することで問題は解消に向かうだろう。保険適用されるには、治療内容の標準化と価格の公定が不可欠である。政府内には専門家が診療報酬単価を検討する会議体があり、医学界の知見を反映する形で不妊治療の治療内容の標準化を実現できる。

保険適用によって、効果と比べて割高な価格設定になっている治療法に適正な価格をつけることができる。ましてや効果のない治療法は保険適用されないため、どの治療法が有効かは政府の会議で専門家がお墨付きを与える。

治療の価格を政府が決めることで、どの医療機関で受診しても同じ治療は同じ価格となる。現行の助成制度にある所得制限を撤廃する場合は、保険適用することによって自動的に実現する。加えて、現行の助成制度の下では、ひとまず全額を立て替え払いした後で助成金を受けるが、保険適用されれば自己負担額は3割で済む。

やみくもな保険適用は負担増に

今のところ、次の診療報酬改定は2022年度の予定になっている。厚生労働省は今のところ、不妊治療の本格的な保険適用は2022年度の改定時にして、当面は助成の拡充で対応する考えだ。しかし、保険適用が遅れて助成拡充の期間が長くなれば、受診者のためにならない。

ただ、保険適用の拡大によって、その分だけ保険給付は増えることになる。それは医療保険料の引き上げ要因になる。公的医療保険を運営する保険者や被保険者にとって、やみくもな保険適用拡大は負担増になりかねない。

そうした懸念に対しては、不妊治療の保険適用の拡大に合わせて、後期高齢者医療制度で75歳以上の患者負担割合を1割から2割にする対象者を増やすなどして、被保険者の保険料負担が増えないように対処することで緩和できるだろう。

不妊治療は、保険適用の拡大と助成の拡充の規模をめぐり、2021年度予算編成の1つの注目点となろう。



引用元:
不妊治療の保険適用、どんなメリットがあるか 療内容を標準化、自己負担額も軽減される(東洋経済オンライン)