出産ジャーナリストの河合蘭さんが、親の声に耳を傾けて綴る連載「出生前診断と母たち」。本連載では、出生前診断の本質を、妊婦の立場から問い続けてきた。

【写真】出生前診断で「ターナー症候群」と診断された果歩ちゃんの「その後」

 前回は出生前診断でダウン症の可能性がわかって一度妊娠継続を諦めたのち、次の妊娠でもダウン症とわかり、考えた末に出産した夫妻のことをお伝えした。しかし出生前診断でわかるのはダウン症だけではない。今回は2年間の不妊治療ののち、胎児に染色体の問題があると判明した40代の女性にお話を伺った。ダウン症ではなく、「ターナー症候群」という知らない病気を告知されたのだ。

出生前診断でわかること
2歳のときの果歩ちゃん。歩き始めるのが少し遅かったが、元気な女の子だ 写真提供/佐野さん

 出生前診断でわかる病気にはたくさんの種類があることをご存じだろうか。報道によく登場するダウン症候群以外にも、実は、さまざまな病気が日々診断されている。「赤ちゃんにダウン症があるかどうか調べよう」と思って充分な検査前遺伝カウンセリングなしに羊水検査を受けたり、未認可施設で新型出生前診断(NIPT)を受けたりしたら、見たことも聞いたこともない病気を告知されるかもしれないのだ。

 そして、あまり知られていない病気は生まれたあとの生活を知ることが難しい。結局、親や家族としてはどうしても「異常な胎児だと言われた」という衝撃が先に立ち、「一体どんな病気なのか」について十分に知ることなく中絶に至ってしまうケースも少なくないと言われている。

 そんな中で、佐野真澄さんは、「ターナー症候群」があると言われた果歩ちゃんの妊娠継続を決心した(共に仮名)。決心が出来た理由は、告知を受けた際、この病気を持つ本人と家族の会を紹介され、そこでこの病気が在ったらどんな生活になるのかを詳しく聞くことができ、安心したからだった。

 果歩ちゃんは、この春3歳になった。

 果歩ちゃんが持つ「ターナー症候群」という病気は、女性に本来2本ある性染色体「X染色体」が1本だけだったり、2本目の一部がなかったりする。羊水検査をすれば確実にわかる病気のひとつ。基本的に知的障害はなく専門的な職業に就く人もいるが、低身長、不妊、算数・体育は苦手な場合があるなど一般女性と違う所が複数ある。

 そこで佐野さんは、果歩ちゃんの身長が伸びるよう、内分泌科で出されるホルモン注射を毎日打っている。そうすると145cmくらいまで身長が伸び、150cm以上になる人もいる。「子どもに毎日注射を打つなんて、とてもつらいだろう」と佐野さんは妊娠中不安だった。

 「でも、注射開始から10ヵ月。今では娘も私も慣れました」
と佐野さんは言う。
「最近は、注射の準備を果歩が手伝ってくれます」
保育園も問題なく1歳で入園でき、佐野さんは仕事も再開できた。

2年間の不妊治療で授かった命
 佐野さんが果歩ちゃんに「ターナー症候群」があると知らされたのは、まだお腹のふくらみも目立たない、妊娠19週の時だった。

 佐野さんは、果歩ちゃんを2年間に及ぶ不妊治療で授かった。
「若いときは子どもを持つことに関心がなかった」と言う佐野さんだが、40歳になった時、ふと「子どもを持つのはどうだろう」と思いたった。

 「40歳という年齢を、人生の区切りだと感じたのです。60歳までのの20年間、何かそれまでとは違うチャレンジをしてみたかった」
年齢的に「もう無理かな」と思ったが、新しい目標を見つけた喜びを感じた佐野さんは、ともかくやってみることにした。

 まずは、自己流の冷え防止やタイミングを見計らう妊活に励んだ。しかし授からないので不妊治療を始めたが、それは、予想よりはるかに大変な事だった。
治療開始1年後から体外受精に進み、一度は妊娠反応が出てとても嬉しかったのに、それも流産になってしまった。つらくていったんは治療をやめる決心をしたが、やはりあきらめられず、子宮にカテーテル(細い管)で精子を送り届けるだけの人口授精を細々と続けてみたところ、それが妊娠に結びついた。それも「人工授精も、これで最後にしよう」と決めていた、その最後の1回での妊娠だった。

 佐野さんは「また流産になるかも」という不安から喜びの感情を抑制していたが、超音波検査でまず「胎嚢(胎児が入っている袋)」が見え、次の健診でトクトクと心臓が打っているのを見たりするとさすがに嬉しかった。

 ただ、佐野さんは、妊娠が成立したことを夫以外の誰にも言わなかった。理由は、ふたつあった。流産の不安、そしてもうひとつの理由は、ダウン症の出生前診断として新型出生前診断(NIPT)を受けようと妊娠の前から決めていたからだった。

 当時佐野さんはすでに43歳で、その年齢では胎児にダウン症がある確率は約50人に1人程度と高い。佐野さんは新型出生前診断を受け、そこでダウン症が疑われて診断が確定したら、出産をあきらめることを考えていた。

 「障害のある子どもを育てていく自信がなかったんです。私はもう子どもを産めないでしょうから子どもは一人っ子になりますし、親が死んだ後、その子はどうなるのでしょう」

 佐野さんはそう思っていて、新型出生前診断で陰性をもらうまでは妊娠を隠し通すことにした。

引用元:
2年の不妊治療で授かった命、40代女性が告げられた「知らない病気」(Yahoo!JAPANニュース)