さまざまな細胞に成長する万能細胞の一つ、胚性幹細胞(ES細胞)が国内で初めて、実際の医療に利用された。生まれつきの重い肝臓の病気の赤ちゃんに、ES細胞から作った肝臓の細胞を注入する治験を、国立成育医療研究センター(東京)が実施した。赤ちゃんはその後、父親の肝臓の移植を受けて無事に退院した。失った組織や細胞の働きを、万能細胞を使って取り戻そうとする再生医療は、国内では人工多能性幹細胞(iPS細胞)が先行するが、今回のES細胞の治療利用で、「車の両輪」が本格的に動き出し、進展に弾みがつく。(共同通信=服部慎也)

 ▽代謝異常

 治験の対象となったのは「先天性尿素サイクル異常症」の一つシトルリン血症T型。体の中でできる有毒なアンモニアを無害な尿素に変える経路で酵素が働かず、アンモニアを分解できなくなる代謝異常の一種だ。血液中のアンモニア濃度が高くなるとけいれんや脳への障害が出て、命に関わることもある。先天性尿素サイクル異常症は原因となる酵素の種類によって異なるが、8千〜4万4千人に1人の割合で発症する。

代謝異常は赤ちゃんの時に症状が出ていない場合もあり、栄養の取り方を工夫すれば障害を防げる可能性がある。一部は新生児検査の対象にもなっていて、早い段階で対応することが不可欠だ。

 今回のシトルリン血症T型でも、食事の工夫や薬で治療するが、根本的な治療には肝臓移植が必要だ。しかし体の小さな赤ちゃんは、体重6キロ(生後3〜5カ月)に成長するまで移植を受けることができない。症状が重い場合、この間に死亡してしまうケースもある。

 ▽橋渡し

 今回の赤ちゃんは生後2日目にけいれんを発症。国立成育医療研究センターのチームは昨年10月、生後6日目と8日目に、ES細胞から作った肝臓の細胞約1億9千万個を肝臓につながる血管に注入した。その結果、血液中のアンモニア濃度は低下した。

 体重約6キロに育った5カ月目に、注入した細胞を含む肝臓を摘出した上で、父親の肝臓の一部を移植した。免疫抑制剤を使う必要はあるが、状態は安定しているという。

チームは「赤ちゃんが成長するまでの橋渡し治療≠ニしての有効性を示せた」としている。今後2年で4人に同じ治療法を行い、安全性と効果を確かめ、2022年中に再生医療等製品としての承認を目指している。

 家族は「発作がいつまた襲いかかるか分からない状態で、希望の光が今回の治療でした」などとコメントした。

 ▽倫理問題

 ES細胞の研究はiPS細胞に比べ歴史が古い。ES細胞は、受精卵が胚盤胞と呼ばれる段階まで成長したところで内部の細胞を取り出し、特殊な条件下で培養してできる。1981年に英ケンブリッジ大のエバンズ氏らがマウスで樹立したのが始まりで、人のES細胞は98年に米ウイスコンシン大のトムソン氏らが開発し、国内では2003年に作製が報告された。

だが受精卵を壊して作る倫理的課題が指摘され、国内では14年の国の指針改定まで長く基礎研究に限られた。この間、海外では臨床研究が進み、目の病気や脊髄損傷など欧米や韓国などが日本に先行した。

 その一方で、ES細胞が抱える倫理的課題を解消する画期的な万能細胞が日本で生まれる。山中伸弥(やまなか・しんや)京都大教授が開発したiPS細胞だ。受精卵を使わず、皮膚や血液からさまざまな細胞に成長する細胞を作り出すことに成功。06年にマウスで、07年には人のiPS細胞を開発した。

 10年には国内で臨床研究が解禁され、文部科学省は工程表を作成して臨床研究の目標時期を示した。12年の山中教授のノーベル医学生理学賞受賞も追い風に、実用化に向けた環境整備が一気に進んだ。

 既に目の病気やパーキンソン病、心臓病に対する臨床研究や治験が開始。この5月にも慶応大がiPS細胞を使った心筋細胞を重い心不全の患者の心臓に注入する臨床研究計画を厚生労働省に申請したばかりだ。

▽拒絶反応

 ただES細胞には長い研究の蓄積があり、人工的な遺伝子の操作で作るiPS細胞に比べ、より自然に近く、品質が安定しているとする評価もある。いったん作られたES細胞はほぼ無限に増やすことができるため、何度も受精卵を壊す必要はなく「倫理的課題はクリアしている」との意見もある。

 他人の細胞から作るES細胞を使った治療には免疫抑制剤が必要だ。iPS細胞は患者自身の細胞から作れるほか、拒絶反応の少ないタイプの細胞の研究も進む。新生児の肝臓病に対しては、横浜市立大などのチームが、iPS細胞で「ミニ肝臓」を作って移植する臨床研究を計画している。

今回の治療に当たった国立成育医療研究センターの笠原群生(かさはら・むれお)臓器移植センター長は「幹細胞研究ではESとiPSは車の両輪。性質を比較しながら並行して進めていくべきだ」と話す。再生医療が身近な医療となるには、一方の細胞で得られた知見をもう一方で検証する、そんな取り組みが鍵となりそうだ。

引用元:
ES細胞で国内初の治療、赤ちゃんの肝臓に注入(47NEWS)