新型コロナウイルスの医療現場で、妊娠中の医師や看護師が職務と感染リスクの板挟みになるケースが出ている。厚生労働省は企業などに妊娠中の従業員の休業や在宅勤務などの対策を求めているが、医療現場は人手不足のため休みを取りにくいのが実情だ。当事者からは「出勤停止や休業補償をしてほしい」との声も上がっている。

「妊娠中の感染リスクを考えると不安はあったが、自分だけ『休みたい』と言っていいのだろうかと葛藤した」。首都圏の病院で救急医として働く30代の妊娠中の女性医師は、救急外来で発熱患者らの治療に当たった心境を振り返る。

院内では別の医師が対応した救急患者の感染が判明するなどした。悩んだ末、4月に病院を休むことを決意した。ただ特別休暇などは認められず、有給休暇を消化した後は欠勤扱いになる。「勤務中は気遣ってもらったが、病院として『妊婦は休んで』と言ってほしかった」と話す。

北海道の病院の呼吸器内科で働く20代の女性看護師は妊娠5カ月。新型コロナの感染者が入院する病室と同じフロアで働いている。「感染してしまったらどうしようと毎日不安でたまらない」と吐露する。

感染者は直接担当しないが、発熱患者などを看護することはある。「発熱患者の中に感染者がいるのではないかとびくびくしている。感染者をケアする看護師と同じ休憩室を使うこともあり、どこかで感染してもおかしくない」。一方で生まれてくる子どもの養育費などを考えると簡単には休めない。「妊婦は医療現場で働かせず、休業補償してほしい」と訴える。

海外では妊娠中の医療従事者が感染するケースも報告されている。英BBCによると、20代の妊娠中の看護師が感染。感染経路は不明という。赤ちゃんは帝王切開で無事生まれたが、看護師は4月12日に亡くなった。

妊婦は肺炎になると重症化しやすいといわれている。新型コロナの治療薬候補とされるアビガンには胎児奇形の副作用があるなど、感染しても薬が使えない懸念がある。

妊娠中の医療従事者の就労を禁止する国もある。ドイツの一部の州では、ヘルスケア部門で働く妊娠中の女性は、感染者や感染の可能性のある患者に関わることを禁止されている。英国の王立産婦人科医協会は、妊娠中の医療従事者には電話相談や遠隔でのトリアージなど代替業務の選択肢が示されるべきだと提言している。

厚生労働省も5月7日、男女雇用機会均等法に基づく指針を改正し、妊娠中の女性労働者の母性健康管理措置に新型コロナウイルス感染症に関する措置を新たに規定。来年1月までの暫定措置として、妊娠中の女性について主治医などの判断があれば、在宅勤務や休業など対策をとるよう企業などに義務づけた。

指針に従わなければ国が勧告し、違反が続けば企業名を公表できる。虚偽報告などには罰金も科せる。ただ実際の運用は現場任せの面が残る。

医療従事者の対応を巡っては、日本看護協会は4月15日、妊娠中の看護職員を休ませるための代替職員を雇用した場合の費用を助成するよう厚労相に要請した。同協会の担当者は「代わりの人を雇えないと医療機関がまわらない。国には対応をお願いしたい」と話している。

引用元:
医療従事者の妊婦、 感染リスクで不安な日々(日本経済新聞)