東京都立川市の国文学研究資料館は、助け合って疫病に立ち向かう庶民を描いた江戸時代の書物を紹介するロバート・キャンベル館長のメッセージ動画をホームページで公開した。新型コロナウイルスの影響で活動が制約される中、蓄積してきた膨大な資料を知ってもらい、先人に学ぶ機会を提供しようと企画した。

 キャンベル館長は18〜19世紀の日本文学の研究者としても知られる。動画は、古い書物がずらりと並ぶ無人の書庫にキャンベル館長が現れる場面から始まる。資料館の紹介や和古書の特徴の説明に続き、キャンベル館長は「私たちはいま、新型コロナ感染症、パンデミックの真ん中にあります」と切り出した。

 「江戸時代以前からずっと、疫病とともに日本の文化、社会が歩んできた長い歴史があり、200年前、500年前の人々がどういうふうに向き合って、社会を再生させるかという知恵が、古典の中にはいっぱいあるんです」

 キャンベル館長は、はしかが流行した江戸の人々を描いた式亭三馬の「麻疹戯言(ましんぎげん)」(1803年)の冒頭を現代語訳して語った。

ここから続き
 「うめきながら、彼らが飲むもの、食べるもの、全部味がしない。独りぼっちで体調が回復するまで12日間を、布団の中で待つ以外ないのである」

 21年後、再びはしかがはやり、閑散とした遊郭や繁盛する薬屋を描いた別の小説も取り上げた。

 日米修好通商条約が結ばれ、安政の大獄が始まった1858年。木版、多色刷りの「安政午秋(うまのあき)/頃痢(ころり)流行記」は、多くの人がコレラで命を落とした惨状や、犠牲者の近所の人たちが資金を出し合って葬式を出したり、死んだ妻が幽霊になって現れ夫を心配したりする様子を描く。キャンベル館長は現物を手に取り、「厳しい状況を見すえ、共有して、お互いを支え合うということが、この国のその時代にもあった」と説明した。

 古典から人々や社会のありようが浮かび上がる。「そこに目を向け、耳を傾けることが、私たちにとって実はとっても大事な共同の経験、一つの資源になるんじゃないか」と問いかけ、キャンベル館長は25分の動画を締めくくった。

 資料館は日本文学や歴史の資料を大規模に集積して研究者の利用に供したり、共同研究に取り組んだりしている。幅広い分野の古い本を集めたデータベースも構築しており、昨年度までに14万8千点を撮影し、その多くがインターネット上で公開され、手軽に見ることができる。動画で紹介した和古書もすべて収録されている。

 現在は大半の職員を在宅勤務にし、閲覧室の利用を4月6日から休止している。思うように活動できない中で、書庫に入って古典をひもとく動画を作ることにした。14日に撮影し、24日に公開した。5月7日までのアクセス数は1万8千回を超えた。英語版もある。

 キャンベル館長は取材に「世界中が大変な災いに直面している今、みんなで何かを変えるきっかけを一緒に見いだしていく機会だと思う」と話した。(佐藤純)

引用元:
江戸の疫病も「味しない」 ロバート・キャンベル氏紹介(朝日新聞)