新型コロナウイルスの感染の広がりを受け、日本生殖医学会は妊娠中の感染リスクなどを理由に、産婦人科医に不妊治療の延期を患者に提案するよう推奨する声明を発表した。だが、一般的に年齢が上がると妊娠率は下がるとされ、妊娠を望む女性からは戸惑いの声があがる。

 「移植は待ってもらった方がいいかもしれない」

 体外受精の治療を続ける東京都在住の女性(38)は6日、通院するクリニックからこう告げられた。「早く妊娠したいと思っていたが、もし新型コロナにかかったら子どもはどうなるのか。不妊治療は待ったなしなのに」

 2年前に結婚し、タイミング法9回、人工授精4回。うまくいかずに昨年末から体外受精を始めたが、採卵がうまくできず、2月下旬に別のクリニックに変えてようやく受精卵ができた。ちゃんと着床できるか子宮内膜の状態を調べ、5月下旬に移植しようと考えていた矢先だった。

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 新型コロナに感染すると若い人でも重症化するおそれがあるが、今の段階では治療薬やワクチンはない。効果が期待される「アビガン」は、副作用の問題で妊婦や妊娠の可能性がある人には禁忌だ。日本生殖医学会の声明は、体外受精について、受精卵を凍結した上で移植時期の検討を促すなど、医療機関が患者への治療延期の提案をすることを求める。ただ、患者本人が望めば治療を続けることはできる。

 女性は「年齢もあって、治療が延期になればこのままでは妊娠できなくなるのではないかと、焦ってしまう。いつまで延びるのか分からず、不安な気持ちでいっぱいで、もどかしい」。今は不妊治療を延期せずに予定通りに5月下旬に移植するつもりだが、いまだ新型コロナウイルスの感染は広がっており、どうすべきか悩む。

 東京都墨田区の「あいウイメンズクリニック」では、患者に治療延期を選択肢として提示し始めた。伊藤哲(さとし)院長は、受精卵を凍結しても妊娠率が下がる可能性は低いことなどを説明し、「急に気持ちが変わってもかまわないので」と付け加える。これまでに体外受精に取り組んでいる人の半数以上が延期に同意したという。

 伊藤院長は「年齢の高い方やAMH(抗ミュラー管ホルモン)が低い人など、休みたくないという気持ちは分かるが、リスクが低く精神的にも落ち着いた状態で治療を受けてもらいたい」と話す。

 日本産科婦人科学会の2017年のデータによると、体外受精で出産に至った割合は、30代以降は31歳の22.2%をピークに下がり、45歳以上では1%以下になる。「不妊治療は1周期でも早い方がいい」とも言われ、延期が長引けば出産の機会が減るおそれがある。

 日本生殖医学会の市川智彦理事長は、自然妊娠と比較した場合に、不妊治療特有のリスクがあるわけではないと説明。「今回の声明は、不妊治療を受けている女性に妊娠を控えてもらうことを意図したものではない。それぞれの状況に応じて適切に医療を受けていただくことを望む」としている。

■治療延期はほかに手術でも
 新型コロナウイルスの影響による治療の延期は、ほかにも及んできている。

 日本外科学会は、手術の緊急度の目安をまとめ、近く公表する予定にしている。医療体制が逼迫(ひっぱく)している場合、新型コロナに感染していない患者でも、がんや重い心臓病といった「数日から数カ月以内に手術しないと致命的な疾患」を除き「延期が望ましい」。医療体制が安定していても、感染または感染が疑われる患者はこの対象とする予定だ。

 新型コロナの患者が増えれば人手がかかり、別の診療分野の医療者が対応に回る事態も起きる。日本外科学会理事長の森正樹・九州大教授は「手術を延期できる場合は落ち着いたころに手術を受けるほうが患者、医療界の双方にメリットがある」と話す。ただ、白内障の手術は米国の目安では「延期」としている一方、早く手術をしたほうがいい場合もあり、主治医の判断が必要だと強調する。

 手術の延期は、医療者への感染リスクへの懸念も後押しになっている。日本耳鼻咽喉(いんこう)科学会は最もウイルス量が多いのは鼻や鼻の奥とし、鼻科手術は緊急性のあるものを除き、「原則手術は推奨しない」。日本口腔(こうくう)外科学会も、強制力はないが、不急の手術や外来での細かなしぶきがとぶ可能性のある口腔内手術の延期を検討するよう求めた。

 日本眼科学会の提言では、ハイリスクの手術として、涙が鼻に抜ける道の詰まりを取り除く涙道手術を挙げる。神戸市立神戸アイセンター病院(神戸市中央区)では涙道手術は中止している。同病院の栗本康夫院長は「手術や入院に伴う感染拡大のリスクと延期することによる患者のデメリットを慎重に検討し、今後の対応を決める」とし、感染の状況に応じて、緊急性のない診療を制限する可能性もあるという。

 日本外科学会など10団体が1日発表した提言では「医療従事者の感染リスクを過小評価してはならない」と強調。提言の作成に加わった北海道大の武冨紹信教授は「医療従事者を感染リスクから守ることが重要。医療現場で『命の選択』をする事態にならないよう、医療崩壊をさせてはいけない」と話す。(市野塊、後藤一也)

引用元:
「待ったなしなのに」不妊治療延期、女性に戸惑いの声(朝日新聞)