乳がんは、食生活などの環境因子が複雑に関与して発症するケースが大半です。例えば、アルコールの摂取や閉経後の肥満はリスクを確実に高め、喫煙もリスクをほぼ確実に高めると考えられています。しかし全体の5〜10%は、遺伝性であるといわれています。
日本人の乳がん患者を対象にした研究グループの調査で、「乳がんを発症しやすくなる」と報告されている11個の遺伝子を調べたところ、5・7%の患者に、いずれかの遺伝子でがんの原因となる「病的バリアント」(バリアントは以前は変異と呼んでいました)が見つかりました。
この病的バリアントは生まれつきあるものです。もともとDNAの塩基配列は個人によって微妙に違う場合があります。病的バリアントとは、この多様性の中で、遺伝子の働きを変えて発症に影響するような塩基配列の違いが生じていることを意味しています。
遺伝性の乳がんは、乳がん全体の中では少数派であり、その発症リスクがあるという情報を知ることは、人によっては心理的な負担が生じるかもしれません。それでも健康管理上は有用な面があります。
遺伝性乳がんの原因疾患として、最も多いのは遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)です。「BRCA1」と「BRCA2」という遺伝子の病的バリアントが引き起こします。
先の調査では乳がん患者の4・2%に、BRCA1、BRCA2のどちらか、または両方の遺伝子の病的バリアントが見つかりました。つまり、遺伝性乳がんの約4分の3は、HBOCによるものでした。
残りの約4分の1は、小児期からさまざまながんを発症する可能性がある「リ・フラウメニ症候群」(原因遺伝子TP53)や、消化管のポリープに加えて甲状腺がんなどの合併が目立つ「カウデン症候群」(原因遺伝子PTEN)など、他の遺伝子の病的バリアントによるものでした。
HBOCの発症メカニズムとリスクは
HBOCを例に取り、遺伝性乳がんを発症するメカニズムなどを具体的に見ていきましょう。
多くのがんは、体内で遺伝子がコピー(複製)される時に付いた傷によって生まれます。本来、BRCA遺伝子は、この傷ついた遺伝子を修復するBRCAタンパク(酵素)を作り、がん細胞が生まれないように働く遺伝子(がん抑制遺伝子)の仲間です。
ところが、BRCA遺伝子に病的バリアントがあると、BRCAタンパクがうまく機能しません。このため、乳がんや卵巣がんなどにかかりやすくなります。
病的バリアントは、親から子へ50%の確率で伝わります(常染色体優性遺伝)。実際に病的バリアントを受け継いだ人を集め、長期間見守る研究を海外で実施したところ、80歳までの間に、約70%の人が乳がんを発症しました。さらにはBRCA1の病的バリアントがある場合に44%、BRCA2の病的バリアントがある場合に17%の人が卵巣がんを発症しました。
日本の女性が一生の間に乳がんになる確率は9%、卵巣がんになる確率は1%ですから、非常に発症リスクが高いといえます。
ちなみに男性でも、BRCA2の病的バリアントがあると、乳がんや悪性度の高い前立腺がん、治療の難しい膵臓(すいぞう)がんや脳腫瘍、白血病などの血液性がんを発症するリスクが高くなります。
若いうちから注意が必要
BRCA遺伝子に病的バリアントがあると、がんを発症する年齢も、より若くなる傾向が出てきます。
乳がん全体を見たとき、発症率は40〜65歳がピークになります。ところが、日本乳癌(がん)学会研究班の報告によると、BRCA遺伝子の病的バリアントがある人は20歳代から乳がんの発症を認め、30〜50歳に発症のピークが来るといいます。
では、遺伝性乳がんは治療後の局所再発リスクも高いのでしょうか。乳房を残すように腫瘍部分だけを切除する手術(乳房温存手術)を受けた患者の術後を見守る研究を集めて統計的に解析すると、BRCA遺伝子に病的バリアントのある人は再度同じ側の乳房に乳がんができる確率が17%で、ない人の11%に比べて高くなるとの報告があります。
統計学上、明確な差(有意な差)とはいえませんが、乳房温存を強く希望しない遺伝性乳がん患者に対しては、乳房全体を摘出する手術を行うよう推奨されています。
一方、もう片方の乳房にも乳がんができる確率は、BRCA遺伝子に病的バリアントのある人は24%で、ない人の7%と比べて明確に高くなると報告されています。また、発症予防のための「リスク低減乳房切除手術(RRM)」を行うと、乳がん死亡率を48〜63%減少させる効果があるため、このRRMを受けることが強く勧められています。
リスク分かれば発症前に両乳房切除も
乳がんを全く発症していない段階で、両方の乳房を予防的に切除する「両側RRM」に関しても、本人の意思に基づいて実施することはあります。明確ではないものの生存率の改善傾向が示されている▽発症リスクの低減は明らかである▽発症に関する当人の不安が軽減されることもある―などが理由です。
発症リスクは、手術をしない場合よりも90%低下するといわれています。さらに同様に卵巣や卵管を切除する手術を受けたことにより、軽減される乳がんのリスクは50%といわれます。
RRMは、これまで保険診療の対象にならない自費診療でした。しかし今年4月から、HBOCで乳がんや卵巣がん、卵管がんになった患者が新たな発症を防ぐためにRRMを受ける場合は、保険が使えるようになります。
ただし、遺伝性乳がんかどうかを調べる検査や遺伝の専門家によるカウンセリングは、まだ全ての医療機関で行えるわけではありません。RRMを実施できる施設も限られています。全く発症していない段階でのRRMは、引き続き自費診療となります。
引用元:
乳がんの5〜10%は遺伝性 再発予防の乳房切除は4月から保険適用(Yahoo!ニュース)