病気の特徴と治療選択の流れを知る(東京慈恵会医科大の現場から)
女性のがん患者で最も多い乳がん。食生活や生活習慣の変化を背景に患者が増え、一生の間に11人に1人が発症する時代になりました。特に40代以降に目立ちますが、20代でかかる人もいます。仕事で働いたり、家庭で子育てしたりしながら闘病している女性も珍しくありません。
乳がんの治療は、幾つもの種類の治療方法を組み合わせて全身を対象に行っていきます。これを「集学的治療」と呼びます。科学的に効果が実証・証明された治療方法が標準的治療として認められ、専門学会がまとめる各種の診療ガイドラインで推奨されるようになります。
この中で、公的医療保険の適用(保険診療)が認められた治療方法が、一般に広く実施可能な選択肢となります。今回は、乳がんの特徴などについて説明し、治療選択の流れを総論的に紹介します。
女性の11人に1人が乳がんに【よくわかる乳がん最新事情1】
生涯で乳がんになる確率と乳がん死亡数
米国では8人に1人、日本でも増加傾向
乳がんとは、乳房の乳腺組織に発生する悪性腫瘍で、標準的治療の確立が進んだ現在、がんの中では生存率が比較的高い病気です。半面、進行すると全身転移を起こすことが多く、診断治療後、長期間経過した後で再発することもあります。
米国では一生の間に乳がんになる女性は約8人に1人で、年間約27万人が発症し、すべてのがんの約30%を占めるといわれています。死亡数も全がんの約15%と報告されています。
日本では以前、乳がんの罹患(りかん)率は欧米をはるかに下回っていましたが、近年は増加傾向。女性では主要な5大がんの中で圧倒的に多く、おおよそ生涯を通して11人に1人が発症する可能性があると試算されています。
死亡数としても、部位別で大腸、肺、膵臓(すいぞう)、胃に次いで5番目ではあるものの、年間で約1万4000人を超え、増加の一途をたどっています。
女性の11人に1人が乳がんに【よくわかる乳がん最新事情1】
乳がんの病期
リスク要因はさまざま、遺伝性乳がんも
乳がんの発症リスクを高める要因(危険因子)はさまざまです。良性の乳性疾患にかかったという「既往歴」もその一つ。血縁のある近親者にがん患者がいる「家族歴」のある人も、遺伝性乳がんのリスクが疑われることがあります。
がん増殖に女性ホルモンが影響するタイプの乳がんもあるので、高齢で初産か出産経験のない人、初経が早かったり閉経が遅かったりした人もリスクが高いと言えます。
食生活や生活習慣もリスクを左右します。肥満は閉経後の女性だとリスクを高めるのは確実で、最近は閉経前でもリスクを高める可能性があると注目されています。
乳がんの進行度や悪性度は従来、他のがんと同様に、「TNM分類」という方法で表されてきました。腫瘍の大きさやリンパ節への転移、他臓器への転移といった状態に基づいて、0〜4の病期(ステージ)に分類されます。
近年はさらに、摘出組織を用いた病理組織学的検査で乳がんの性格(生物学的特性)を規定し、診断や治療に利用するようになりました。
手術、薬物療法、放射線療法を状況に応じて
治療は(1)手術(2)化学療法(3)分子標的療法(4)ホルモン療法(内分泌療法)(5)放射線療法―といった多角的な方法を状況に応じて、基本的には組み合わせて行っていきます。(2)(3)(4)はいずれも薬物療法で、(2)は従来型の抗がん剤、(3)はがん増殖や免疫に関わるタンパク質などを狙い撃ちする分子標的薬、(4)は女性ホルモンの分泌や働きを阻害するホルモン療法薬を使用します。
私たちの病院では乳腺外科などの医師だけでなく、看護師や薬剤師、理学療法士といった多職種のスタッフによる検討会(キャンサーボードなど)を開き、それぞれの患者さんにとって最適な治療が選択されるよう努めています。
治療選択に当たっては、まず各種画像検査によって、がんの局所の広がりや遠隔転移の有無が検討されます。肺や肝臓などへの転移がある場合はいわゆるステージ4の状態で、手術療法は第一選択とならず、病勢コントロールを目的とした抗がん剤を含めた薬物療法が選択されます。
これに対し、転移がない局所進行あるいは早期乳がんの場合はステージ0〜3の状態で、腫瘍の完全切除が期待できるため、手術療法が選択されます。
女性の11人に1人が乳がんに【よくわかる乳がん最新事情1】
乳がんのサブタイプ分類
検査で調べた「がんの性格」も参考に
ただし、各種検査の結果、乳がんの性格から再発などのリスクが高い場合や薬物療法が効果的と考えられる場合には、手術に先駆けて薬物療法が選択されることがあります。手術後も、切除したがん組織の検体から生物学的特性を調べることにより、術後の薬物療法が適宜選択されます。
生物学的特性を示す主な指標は、乳がんの組織に▽女性ホルモンと結び付く受容体があるか(ホルモン受容体陽性か)▽細胞の増殖調節に関わる「HER(ヒト表皮成長因子受容体)2(ハーツー)」というタンパクが過剰発現しているか(HER2陽性か)▽細胞の分裂しやすさ(増殖能力)の目安となる「ki67」というタンパクの数値が高いか―の3点です。
それらの指標の評価から、乳がんを「ルミナル(ホルモン受容体陽性の意味)A型」「ルミナルB型」「HER2型」「トリプルネガティブ型」の四つに分類(サブタイプ分類)し、治療方針の決定に役立てています。
ルミナル型はA型、B型のどちらも基本的にはホルモン療法、HER2型は化学療法と分子標的療法を組み合わせた「HER2療法」、トリプルネガティブ型は化学療法が、それぞれ第一選択の治療法になります。
標準治療は別格、民間療法に惑われないで
さらに近年、がんの治療は個々の患者に対し最適な治療方法を選択することが推奨されてきています。患者ごとにがんの性格を遺伝子レベルで分析する「プレシジョン・メディシン(個別化医療)」という概念も導入され、乳がんの分野でも多数の遺伝子を解析する検査の有効性が実証され、臨床応用されています。
遺伝子解析から得られた情報は再発リスクの少ないホルモン受容体陽性の乳がんに対して、不必要な抗がん剤治療を回避させるのに有用です。ただし、現時点では保険は適用されておらず、自費検査になります。
最適な治療法、つまり標準的治療法は乳がんに罹患した何千、何万という多くの先人が治療試験(治験)に参加協力して得られたデータによって決まり、ガイドラインに掲載されています。週刊誌やテレビ、あるいは人づてに聞いた「楽だけどよく効いた」とされる民間療法とは別格です。
標準的治療を選んだ患者がそうしなかった患者よりも、治療成績がよかったという調査があることも強調しておきたいと思います。(東京慈恵会医科大学附属第三病院外科・田部井 功)
引用元:
女性の11人に1人が乳がんに【よくわかる乳がん最新事情1】(時事通信)