女性のがんの中で罹患(りかん)数が最も多い乳がん。愛知県稲沢市国府宮の原田裕香さん(37)は昨年、妊娠中に乳がんが発覚しながらも子どもを出産し、約7カ月の治療を経て自身が主宰する合唱団の指導にも復帰を果たした。原田さんは「乳がんになっても子どもは産めるし、仕事もできる」と、エールを送り、「少しでも乳がんで悩む人たちの力になりたい」と意気込む。 (牧野良実)

 原田さんは幼少期から音楽を続け、2010年、同市国府宮に「おっつ音楽スタジオ」を開設。長女(2つ)と生後6カ月の長男を育てながら、6つの合唱団を指導し、ピアノ講師やボイストレーナーとしても活動している。

 体に異変が起きたのは、長男の妊娠が分かって間もない昨年2、3月ごろ。風呂で体を洗っていた時、左胸の真ん中あたりのしこりに気付いた。さほど気にしていなかったが、4月中旬ごろから左腕がしびれるような感覚に襲われ、母親の勧めで地元の病院へ。左胸に直径約6センチの腫瘍が見つかり、医師から「乳がん」と告げられた。ステージ3だった。「子どもを産んでから治療していたら間に合いません」。医師の言葉に頭が真っ白になった。

 すぐに手術を受けて左胸を切除。だが、妊娠中のため、術後の治療は制約される。「そんな状況で産めるのか」と、治療に専念してほしい両親は出産を反対した。だが、新たな命が胎動するのを感じる日々。「自分の命はどうなってもいい。この子だけは産みたい」。決意は揺るがなかった。

 周りの励ましにも支えられ、胎児に影響がないとされる抗がん剤を投与しながら昨年9月、長男を無事出産。その後、別の抗がん剤を服用し、放射線治療を受けて今年2月に治療を終えた。薬の副作用で髪も抜け落ちたが、出産できた充足感で気にならなかった。昨年12月には合唱団の指導に復帰した。

 今でも他の部位への転移や再発の不安は消えない。それでも、原田さんは「子どもを産めたので感謝でいっぱい。この先どれだけつらくても頑張ることができる」と笑顔を見せる。今後は、支えてくれた人たちに恩返しをするとともに、自身の経験を踏まえ、「乳がんに対する情報や検診の重要性を多くの人に伝えていきたい」と話している。

引用元:
乳がんに悩む人へエール 出産も仕事も(中日新聞ニュース)