「虫歯(う歯)になるから、1歳を過ぎたら夜間の授乳をやめるように勧められたのですが、近くの小児科クリニックではお子さんのペースでいいよといわれました。どうすればいいのでしょうか」と相談を受けたことがあります。さて、どうすればいいのでしょうか。虫歯予防と就寝時の授乳、なかなか悩ましい問題ですね。

授乳期間が長いほど虫歯のリスクは高い?

 先に私の考えをお伝えします。それは、「夜間授乳は虫歯のリスクになり得るが、それを理由に夜間授乳をやめるという提案には賛成できません」です。いくつかの文献を基に考えてみたいと思います。

 まず、「夜間授乳は虫歯のリスク」という意見を支持する論文をご紹介します。少し古いですが、広島県尾道市では2006年に、乳幼児健診を活用した調査が行われました。健診に来た保護者に対するアンケート調査と、お子さんへの歯科検診の結果をまとめたものです。その結果、1歳6か月までの虫歯発生に強く関連する要因は「就寝時授乳」「母乳育児」「甘味食品摂取開始時期」で、1歳6か月から3歳までの虫歯の要因は「スポーツ飲料の摂取頻度」「就寝時授乳」「ジュースの摂取頻度」であったと報告しています1)。

 次に、授乳期間と乳歯の虫歯のリスクについて研究したブラジルの論文2)をご紹介します。これは、出生時に登録した赤ちゃん約4200人を、その後定期的に追跡調査して、5歳時の虫歯の有無や程度を評価したものです。この調査では、生後12か月(1歳)まで授乳されていたケースと比べ、生後23か月(1歳11か月)までに授乳を終了していた赤ちゃんでは、5歳時の虫歯の状況に違いは見られませんでした。その一方で、生後24か月(2歳)を過ぎても授乳されていたケースの場合は、5歳の時点で、虫歯のリスクが2.4倍になっていました。

 母乳栄養と虫歯の関係について研究された63本の論文をまとめ、検討した13年の論文3)でも、生後12か月を超えて母乳育児を続けた場合は、12か月未満で終えた場合と比べ、虫歯のリスクが1.99倍だったとしています。

 「1歳以降」なのか「2歳以降」なのか、注目した時期は研究によって違いますが、いずれにせよ「授乳期間が長いほど虫歯のリスクは確かに高い」と言えるかもしれません。
1歳過ぎると口の中の環境も変わる

 では、なぜ授乳期間が長いと虫歯になりやすいのでしょうか。先ほどの13年の論文によると、夜間授乳の場合、眠っている間は唾液の分泌も減り、母乳が歯の表面に接している時間が長くなることから、虫歯のリスクが高くなるのでは、と考察されています。ただし、長期の母乳育児を続けた場合、他の要因が影響している可能性もあるため、さらに研究が必要とも述べられています。1歳を過ぎると、様々な食材を口にし、食事の幅も広がります。口の中の環境も変わってきますので、そうした食事環境の変化も考慮しなくてはいけないからでしょう。

 実はこの研究では、次のようなことも報告されています。それは生後12か月までの間に限ると、母乳育児期間が長かった場合は、そうでなかった場合よりも、虫歯になるリスクは約半分だったのです。つまり生後12か月までの期間では、母乳が虫歯のリスクを下げている可能性がある、ということです。一体どういうことなのでしょうか。

「食べ物の残りかす+母乳」がリスク?

この点に関してヒントになる日本の研究4)があります。その研究は、母乳に含まれる乳糖をミュータンス菌(虫歯の原因として代表的な細菌)と混合して調べた結果、乳糖だけではほとんど虫歯の原因となる酸が産生されず、乳糖が他の糖質と混ざる場合に酸が産生されたと報告しているのです。つまり、母乳以外の食べ物を口にするようになった子どもでは、授乳そのものではなく、食べ物の残りかすなどで口の中に様々な糖質が混じり合っている状況こそが、虫歯につながるのでは、というわけです。

 以前ご紹介した「子どもの歯と口の保健ガイド」5)でも、この点に丁寧にページが割かれています。そこでは「母乳そのものは虫歯の直接原因ではないが、 口腔 内ケアが不十分でプラークがたまり、母乳と食物 残渣 が口腔内にあると虫歯リスクが高くなる」と記載されています。
母乳育児は感染、肥満予防につながる

 母乳育児を継続することには、多くのメリットがあります。「中耳炎や気道感染症にかかりにくくなる」「小児期の肥満のリスクを下げる」などで、これは米国小児科学会でも強調されています6)。日本小児科学会も08年に、母乳を推進することは小児科医の責務であると宣言しており7)、私もそう考えています。

 ここまでの話をまとめると、ポイントは二つです。まず、「1歳を過ぎてからの夜間の授乳」は、「虫歯のリスクを高める可能性があるが、それは、不十分な口腔ケアで食べかすが残っていることが原因かもしれない」ということ。次に、「母乳育児のメリットは多くあるので、できれば続けたい」ということです。これらを踏まえると、虫歯対策として大事なのは夜間授乳をやめることではなく、「口腔内のケアをしっかり行うこと」ではないかと考えます。
乳歯が生えたら口腔ケアを

 夜間授乳は虫歯のリスクがあることを理解した上で、もっとも大切なことは、食後(特に夜)に口腔ケアを行ったり、早めに歯科受診をすることです。乳歯が生え始めたら、保護者によるガーゼ磨き、1歳を過ぎて 乳臼歯 (奥歯)が生えてきたら、保護者による歯ブラシによる清掃が勧められています8)。「子どもの歯と口の保健ガイド」に記載されている具体的な方法をご紹介します。

上の前歯が生えたら、離乳食を与えた後に、指に巻いたガーゼや綿棒で歯をきれいにする。1歳を過ぎたら、離乳食後、丁寧に歯を磨く。毎回磨くのが難しければ、夕食後にしっかり磨き、それ以外の食事の時は水などで口をすすぐ。
1歳以降に母乳を継続する場合には、食物残渣に母乳が加わることで虫歯のリスクがとても高くなるため、歯の清潔に特に気を配る必要があり、一度小児歯科を受診して歯の検診を受ける。

出典:「子どもの歯と口の保健ガイド」5)より一部改変

 今回は、授乳と虫歯について触れました。子育て中は、いろいろとアドバイスされ、かえって混乱してしまう保護者の方も多いのですが、医学的な文献をご紹介することで、皆さんの安心な子育てのお役に立てればと思っています。(坂本昌彦 小児科医)

参考文献:

三藤聡.尾道市における乳幼児のう蝕有病状況に影響を与える生活・環境要因について.口腔衛生学会雑誌.2006;56:688−708.
Karen Glazer Peres, Gustavo G.etal. Impact of Prolonged Breastfeeding on Dental Caries: A Population−Based Birth Cohort Study. Pediatrics. 2017 Jul; 140(1) doi: 10.1542/peds.2016−2943
R.Tham,G.Bowatte,etal.Breastfeeding and the risk of dental caries: a systematic review and meta−analysis.ActaPaediatr2015 Dec; 104(467): 62−84.
佐藤恭子.グルカンバイオフィルムモデルにおけるミュータンスレンサ球菌の酸産生.小児歯科学雑誌 45(3): 412−418, 2007.
小児科と小児歯科の保健検討委員会.子どもの歯と口の保健ガイド第2版,2019.
American Academy of Pediatrics:Benefits of breastfeeding.(参照2019−12−22)
横田俊平.日本小児科学会マニフェスト.日児誌 2008;112
井上美津子.う歯と授乳・離乳.小児内科.2018;50:140−143.



引用元:
1歳を過ぎたら夜間の授乳はやめたほうがいいの?…虫歯リスクと母乳のメリット(ヨミドクター)