【日本人で良かった!公的医療保険】

 風邪などのありふれた病気は薬局で市販薬を買って自分で治療し、病院にかかりたければ自費で受診する。その代わり、がんなど命に関わる病気の治療は、手厚く公的保険制度でカバーする――。公的医療保険制度について、専門家の間で、こうした方向へ見直す議論が行われています。私は、利用者である国民もこの議論に参加すべきだと考えています。そのためには日本の公的医療制度で維持すべき利点を理解する必要があります。

 そこで私の知人で昨年乳がんと診断された50代の女性Aさんの話を通じて、日米の医療制度の違いについて考えてみたいと思います。

 彼女は大学卒業後、米国に渡り、カリフォルニアのある都市にひとりで住んでいます。勤務する弁護士事務所が大手に買収され、民間医療保険の運営会社が代わったことがきっかけで、以前から指摘されていたマンモグラフィー上の小さな石灰化を精密検査することになりました。そこで6ミリ大の石灰化が確認され、ステージゼロの乳がんと診断されたのです。

 これは不幸中の幸いでした。元の運営会社では当面Aさんが精密検査の対象になることはなく、発見されるころには病状が進んでいたと推測されるからです。このように、米国のサラリーマンの大多数が受ける医療は、勤務先の会社が契約する民間保険に大きく影響されます。

 日本なら、公的保険で精密検査を受けられます。それが無理なら自分でお金を出して受診できます。しかし、米国では一つ一つの医療行為が非常に高額なため、民間保険がカバーしてくれる検査以外を受けることは現実には相当難しいのです。

 日本では、乳がんが見つかればすぐに医師が紹介状を書き、患者の要望を聞きながら、がん治療に詳しい専門医を紹介してくれます。病院に通ってさえいれば、治療は進むのです。

 米国ではそうはいきません。最初に民間医療保険に入った段階で、プライマリーケア医と呼ばれる、日本で言うかかりつけ医のような専門家を探さなければなりません。むろん、Aさんにとっては初めての経験です。リストにあるどの医師の名前も一向にピンときません。会社の人や知人に聞いてみましたが、素人同士の悲しさ、これといって役に立つ助言は得られなかったそうです。Aさんが日本とは全く異なる、「医師探し」に戸惑いと強いストレスを感じたのは当然です。

 治療の段階でも、さまざまな「日本との違い」が現れます。最初は、再検査の病院の決定でした。検診は、プライマリーケア医の勧めで、同医師が所属する医師グループの病院(注:米国では医師グループが病院と契約して医療を請け負うスタイルが多い)で受けましたが、再検査はがんサバイバーの友人から聞いた地域の有名病院を選択したくなりました。粘り強い交渉の末、実現できたのですが、がん検診報告書を再検査の病院に送ってもらうやりとりなどが大変でした。こうした状況は治療が始まっても続いたそうです。

引用元:
米国の乳がん治療は自分で動かなければ主治医も決まらない【日本人で良かった!公的医療保険】(日刊ゲンダイ)